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一花繚乱  作者: 渡里あずま


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決心

 天正三年十一月、信長は権大納言と右近衛大将――征夷大将軍に匹敵し、部門の棟梁のみに許される官職を兼任することになる。

 以後、信長の呼び名は『上様』となり、朝廷より『天下人』であることを事実上公認されたものとなった。

 その後、信長は美濃・尾張などの織田家の領国を嫡男・信忠へと譲り、琵琶湖岸に安土城を築いて拠点とする。

 けれど、かつて将軍・義昭が当の信長に追放されたように。

 未だ反信長の動きはあり、信長が思い描いた『戦のない世』が訪れることはなかった。


「人生五十年、と謡っていたが……間に合わん。わしの望みは、叶えられん」

「……信長」


 二人きりの寝所で、濃は己の膝に乗せられた妻の名を呼び、その頭を優しく撫でた。

 公にこそなっていないが、女子おなごでありながら『天下人』となった信長は――ここ数年、このように塞ぎ込んで前以上に濃に弱音を吐くようになった。

 だが、一方で。

 家臣達に対しては今まで以上の激しさで声を荒げ、癇癪を起こすようになった。言葉だけではなく、手や足まで出るのである。


(女性は……四十路を過ぎると体を壊したり、浮き沈みがあるとは聞いていたけど)


 元々の気性のせいもあるかもしれないし、年齢により心身共に衰えることで余計に苛立つのかもしれない。

 けれど、信長の『影』として城にいる濃にはそう慮り、こうして彼女を労わることしか出来なかった。

 ……そう、思っていたのだが。


「ならば『天下人』の座を、相応しい者に譲らねば」


 続けられた言葉に、濃はハッと息を呑んで信長へと目をやった。


「信長、何を……」

「わしのやり方では、駄目だったのだ……他の者なら、あるいは……だがそうなると、やはりわしが駄目だったことになるな」

「信長!?」


 今まで、彼女はずっと戦のない世を作る為に戦ってきた。邪魔する者は、全て討ち取ってきた――それを、己自身にも当てはめると言うのか。

 濃の膝に頭を乗せ、目を閉じたまま告げる信長に濃は悲鳴のような声を上げた。だが信長はそれに応じず、瞼を開くことなく更に言葉を紡ぐ。


「……光秀も竹千代も、それぞれわしを疎んでいるだろう」


 光秀には、言いがかりとしか思えないことを言って叱責したり、足蹴にしたりしている。

 竹千代――家康については、武田と内通していたとして正室である築山と嫡男だった信康を殺させている。


「猿でも良いが、あいつはいっそ哀れな程、わしに惚れておる……まあ、こき使って可愛さ余り憎さ百倍となれば、あるいは」


 他人事のように、己が『天下人』を譲る――いや、言い方こそ穏やかだが内容は謀反ありきだ。しかもおそらくだがわざと光秀や家康、そして秀吉を煽っている。

 淡々と、己が討たれる話をする信長に対して濃は。


「私を……置いていかないでっ!」


 ……気づけば、そう叫んでいた。

 そんな止めるのではなく、あくまでも共にいようとする濃の想いが、だからこそ届いてくれたのか。

 信長は閉じていた目を開けて、ジッと濃の瞳を見据えた。


「……すまん、お濃」

「信……っ」

「約束してくれて、いたのにな……それでも、聞きたかったのだ」


 そう言って、信長は身を起こした。それから、濃の腕の中へと飛び込んできて言葉を紡ぐ。


安土城ここに招いた竹千代は、今は動かんようだ。光秀に接待役を任せていたが、猿が奴の謀反を案じたのか援軍に出すよう申し出てきた。もっとも、兵を持たせたらそれはそれで」

「…………」

「なあ、お濃? 本能寺に、わしを連れて行ってくれんか?」


 信長は城内以外では基本戦場、そして鎧姿でなければ人前にその姿を見せない。

 以前、戦場で挟み撃ちをされかけて京に逃げ込んだのは、それこそ緊急事態だからこそである。

 一方、本能寺とは京に上洛する時の『信長』、つまりは影武者であるお濃の定宿で――いつもなら彼女は留守番だが今語られたような、一種即発な今の状態で二人で行こうということは。


(何かあった時、二人で『逝こう』ということだ)


 死を突きつけられた問いかけだったが、濃としてはむしろ望むところである。

 腕の中に収まる体を、抱きしめて――唇の端を上げて短く、けれどはっきりと答えた。


「はい」

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