終幕【二】
「茶々達は、織田の兵に預けてきました……長政様、どうか市もお連れ下さい!」
「……何故だ?」
「えっ?」
「何故、戻ってきた? お市は、信長どのの元へ帰るのだろう?」
キッパリと言い切る市に、長政は呆然として尋ねた。
浅井に嫁いでくる時に、何かあれば岐阜に帰ってくるように信長に言われたと、他ならぬ市の口から聞いている。だからこそ、小谷城から母娘を逃がしたのだが――そんな長政の言葉に、市がパチリと瞬きをした。
「確かに、死んだら私の魂はあね……兄上のところに、帰るでしょう。ですが私は、生きている間は長政様と共にいたい。あなたを一人で、逝かせたくはないのです」
何でもないことのように、けれどだからこそとんでもないことを語られて――今更だが、長政は気づいてしまった。
(市も、私のことを想ってくれていたのか)
流石に嫌われてはいないだろうが、長政だけが市を愛していると思っていた。
だからこそ、こうして戻ってくるとは――そんな場合ではないが、嬉しい。しかし、喜んでばかりもいられない。
「……私を思ってくれるなら、市が私の『帰る場所』になってくれ」
「長政様?」
「ずっととは言わん。だが、せめて……そう、七年生きてくれないか?」
本当は、市と共に逝きたい。だが、その望みを胸に封じて、長政は市にそう言った。
七年。それは遺骨を供養され、成仏する期間だと言われている。
長政の供養を理由に、生きろと言う長政に――市は、その美しい顔を幼子のように歪めた。そして、ボロボロと涙を流しながら口を開いた。
「長政様は、ずるい」
「すまん」
「謝っても、決めてしまったのでしょう? ずるいです、ひどいです」
そこで一旦、言葉を切ると――睨むように真っ直、長政を見つめて市は続けた。
「でも、ずるくてもひどくても、私は長政様をお慕い申しております……だから、言う通りにするのですからね? 他の者だと、こうはいかないですからね?」
それから、泣き顔同様に幼子のようなことを言う市に――長政は、愛しさのあまり抱きしめたくなるのを必死に堪えた。
※
こうして小谷城陥落後、市と三人の娘は織田家に引き取られる。
新年の挨拶をと訪れた市は、そこで三つの髑髏を見た。そしてその目を見開くと、次いで信長の前に座り一礼した。
……上げられた美貌に、浮かぶのは微笑みで。
「箔濃でございますか……姉上、ありがとうございます」
「何、敵ながら天晴れであるからな」
漆を塗り、金色に輝く髑髏の加工について市がお礼を言うのに、信長も笑って答えた。
……現代の感覚で言うと、討ち取った相手の遺骸を装飾し、見せびらかすのは悪趣味だろう。現に、この話は信長の残虐性や狂気に満ちた行動であると言われている。
けれど、戦国時代ではむしろ死者を讃える行為であり。更に信長は口にこそしないが、市や茶々達の父親の一族ということで敬意を示したのである。




