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一花繚乱  作者: 渡里あずま


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不穏

 信長は天下統一を望んではいるが、それは戦の世を無くす為の手段だからである。別に、幕府の頂点に立つことは望んでいない。将軍がいたところで、そもそも戦は無くならないからだ。

 だから信長にとっての義昭は、面倒な役職を自ら買って出る物好きだった。

 身も蓋もないが、信長はそんな義昭への彼女なりの労いとして、諸大名に対して新将軍への挨拶を求めた。忠誠を誓わせて、義昭の自尊心を満たそうとした。

 ……とは言え、やはりそれだけではなく。

 将軍義昭への忠誠を誓わせることで後見であり、軍事面を担当する信長をも各国に認めさせること。そして挨拶への拒否を理由に、武力征伐する名目が出来ることだった。


 けれど、一方で。


 義昭は就任後、勝手に諸国の大名に対して命令を発したことで、政治的な行為を行なう時は必ず信長の許可を得るように指示される。

 それに腹を立てた義昭は、密使を送って信長討伐礼を出し――結果として、信長を討つ名目を諸大名達に与えてしまったのだった。



 歌を口ずさみながら、お手玉をする市。その膝にくっついて、楽しげにお手玉を見上げているのは娘の茶々だ。

 同盟の為の婚姻ではあったが、市と夫・長政は仲睦まじい。現に今、市は二人目の子を身ごもっている。

 ……だが、義昭の密書が浅井家にも送られたこと。

 更に義昭への挨拶を拒み、それを理由に浅井家と長い親交のある朝倉家に挙兵した信長に、織田家との同盟に反対だった家臣達が父・久政と共に朝倉につくよう長政を説得しているのである。


(すっかり、板挟みで……長政様も、悩まずに頷いてしまえば良いのに)


 市としてはそう思うし、実際、長政に伝えたこともあるのだが――長政は、すっかり恐縮してしまった。いっそ、市(元凶の妹)が言うなと怒れば良いのに。本当に、馬鹿がつくくらい真面目で優しい性格なのだ。

 そこまで考えて、市は茶々の髪を撫でた。そんな彼女に、茶々が嬉しそうに頬を緩める。

 市が嫁ぐ前に、すでに浅井家には嫡男がいた。それ故、市が子を産むことは必須ではなく。むしろ、信長の妹である彼女が身ごもることを、素直に喜んでくれるのは長政だけだ。


(……ごめんなさい。長政様、茶々)


 長政のことも、子供達のことも愛している。しかし、市の一番は姉なのだ。たとえ長政が朝倉家につくとしても、最終的には信長が勝つと思っているから止めないのだ。


(ごめんなさい)


 そしてもう一度、心の中でそう呟くと――市は、自分のお腹をそっと撫でた。



 四月。朝倉義景討伐の為、進軍中の信長の陣営にある報告が届く。


「申し上げます。浅井軍が挙兵したとのことです!」


 最初は、信長への援軍としての挙兵だと思われた。市が嫁ぎ、浅井家とは同盟が結ばれているからだ。

 ……けれど、そんな市から信長へと陣中見舞いが届けられる。

 手紙も言伝もなく、小豆の入った袋だけ。その袋を見て、信長はハッと目を見張った。


「これは……」


 それは以前、市が嫁ぐ時に信長が作ったお手玉袋をほどいて、繕い直したものだった。

 涙ぐみながら、大切そうに受け取った市を思い出す。それをこうして送ってきたのなら、何か信長に伝えようとしているのだ。

 そして信長は、その小豆袋の両端が紐で縛られていることに気づいた。


「袋の鼠、と言いたいのか」


 前方を朝倉、後方を浅井に挟まれて逃げ場がないと。

 手紙や言伝では、市の裏切りが気づかれてしまう。だからこうして、姉妹の思い出の品を使って伝えてきたのだと。

 ……そこまで考えて信長は俯き、両手の指が食い込むくらい小豆袋を握って口を開いた。


「すまん、市」


 自分のやり方を、変えるつもりは今もない。

 だからこそ、こうして裏切られても仕方がないとは思っているが――妹に、ここまでさせてしまったのは申し訳ないと思った。とは言え、いつまでも悔やんでいる訳にはいかない。


「……逃げるぞ」


 顔を上げて、信長は家臣達にそう告げた。

 かつて、今川が滅びたのは義元が捕らえられたからだ。逆に言えば、信長さえ無事に逃げ切れば織田家は滅びない。

 岐阜では浅井軍に阻まれてしまうので、京へ。そうすれば、信長を討とうとした義昭へ睨みも利かせられて一石二鳥だ。


「殿! 殿しんがりはぜひ、この藤吉郎にお任せを!」

「……猿」


 殿は命がけで、だからこそ名誉の大役だ。たとえ果てても、武士の本懐である。

 しかし、藤吉郎がそんな危険な役目を自ら買って出たのは――出世や名誉の為ではなく、愛する女を救う為だ。その真っ直な眼差しを受け止めて、信長は今更ながらに気づいた。


(わしは無力だ。こうして、誰かに助けられなければ生きていけない)


 己の無力さと、認めたからこその晴れやかさに信長は微笑んだ。そして藤吉郎に殿を任せようとした信長だったか、そこで別の声が割り込んできた。


「殿、私も木下どのと殿しんがりを務めたいと思います」


 そう言ってきたのは、光秀だった。

 己の『天下人さくひん』である信長を守る為、と思って頷いたが――それだけではなかったと、後に信長は知ることになる。

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