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一花繚乱  作者: 渡里あずま


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婚儀【一】

「お前、男だろう?」

「……っ!?」


 婚儀の為、生まれ故郷である美濃から尾張へやって来た濃は今、乗ってきた輿こしではなく草原にいた。突然、現れた夫・信長によって馬で連れ出されたのである。

 武士の正装である直垂ではなく、泥に汚れた着物と破れた袴姿は成程、うつけと呼ばれる訳だ。

 さらり、ととんでもないことを言う相手の瞳には、自分の姿が映っている。

 艶やかな黒髪と大きな瞳。

 小袖の上に打ち掛けを羽織った姿は、我ながら女にしか『見えない』と言うのに。

 ……そんな自分の姿に挑むように、濃はキッと目の前の瞳を睨みつけた。そして紅を差した唇を開き、相手の言葉に問いかけで応えた。


「そう言うあなたは、女子おなごでしょう?」



 まむしと呼ばれる斉藤道三の息子として生まれた濃は、けれど産声すらか細く明日をも知れぬ状態だった。

 そんな中、母・小見の方はとある僧の「姫として育てれば助かる」という言葉にすがった。そして彼に『濃』と女名をつけ、女として育てたのだ。

 長いまつ毛が影を落とす、雪白の肌。豊かな黒髪に縁取られた、可憐な面差し。

 病弱なだけではなく、己の女装姿を見られるのが嫌で城に引きこもっていたが――それでも何も知らない家臣や侍女、そして町の者達は濃のことを天女のごとき美姫と噂していた。


「おぬしの縁談が決まったぞ。尾張の織田信長だ」

「父上、いよいよけましたか?」


 しかし、父である道三は当然、濃が本当は男だということを知っている。相手が評判のうつけという以前に、男へ嫁げとは何事か。

 だからこそ、濃は冷ややかにそう返した。そんな彼を、道三が面白そうに見つめて言う。


「相手が女子なら、構わぬか?」

「…………は?」

「そんな噂があるのよ。ぬしの相手に、これ以上の者がおるか?」


 思わぬ言葉に唖然とすると、父は濃に短刀を差し出して続けた。


まことに女子なら……いや、たとえ男だとしても、うつけならその刀で斬れば良い。そうすれば、尾張はぬしのものとなる」

「…………」


 確かに次男の濃では、たとえ男に戻っても美濃は継げない。異父兄である義龍は成り上がりの道三ではなく、前城主の血を引いているからだ。

 そして可憐(自分で言うのも何だが)な濃相手なら、相手は油断するだろう。その隙を突けば、首をかっ斬ることは可能だ。

(まあ、親心なんかじゃないだろうけど)

 父は尾張が欲しいのだ。その為に、息子である濃を利用しようとしている。問いかけの形は取っているが、これは道三からの命令だ。

 ……解っていながら、濃は無言で父から短刀を受け取った。

 姫として生きることを強要され、異父兄からは女男と見下される――この生活から脱する好機を、みすみす逃したくはなかった。



 とは言え、濃は斬る気満々で尾張に来た訳ではない。

 切支丹である従兄弟の影響もあり、彼は無闇な殺生が嫌いだった。貞操が危うくなれば考えるが、まずは信長の本質を見極めようと思っていたのだ。

 ……もっとも、見極める前にこちらの秘密がバレてしまったが。


「見た目は完璧に美女だがな。しがみつかれれば、流石に解るぞ」

「その為に、私を馬に!?」

「いや? 輿なんて、窮屈だろうと思ってな」


 確かに、初めての乗馬だったので思わず信長の背中にしがみついたが――まさか、それであっさり見破られてしまうとは。

(私には、そんな余裕なんて無かったのに!)

 細身ではあったが、女性だと言う核心までは持てない。だから先程の女子発言も、実は単なるハッタリなのだ。


「お優しいこと」


 けれど濃は前言を撤回せず、ひた、と目の前の相手を見据えた。

 嫁いで来た姫が実は男、と言うのはいくら本当に信長が女だとしても、騙されたと思って当然だ。

 それなのに怒りも、斬りもしないとは――まあ、今回の婚礼は盟約の証であるので、濃を殺したら道三はこれ幸いと攻めてくるだろうが。

 ……だが、信長の答えは意外なものだった。


「ぬしの言う通り、わしは女子だ。元々、跡継ぎになるのが間違っているし……ぬしが蝮の間者だとしてもそうでないとしても、死ぬ時は死ぬだろう?」


 草原を揺らす風に、結った黒髪をなびかせて。

 微笑み、静かにそう言った信長に刹那、濃の目の前は真っ赤になった――怒りの為に。

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