憧憬
父は、槍の名手として名高かった。『攻めの三左』という異名を持つ程に。
けれど、一方で。
父・森可成は、戦で手の指を一本失くしている。
それ故、手足の指の数を合わせても足りないと『十九』という蔑称で呼ばれることもあった。
「だがな、乱。殿は、そんなわしに言ってくれたのだ」
そのことを知り、悔しさに頬を膨らませた幼い彼を、父は縁側でその膝に乗せた。
確かに一本、指はない。
けれど大きくて優しい手で、彼の頭を撫でながら父は言った。
「損なっておると嘲るくせに、可成の槍にも男気にも勝てない者の戯言など捨ておけ。それこそ槍を足せば、わしも『二十』だと」
「……とのが、そんなことを?」
子供ながらに雑というか力技だと思う話に、彼は大きな目を更に見張った。
凱旋の時、信長の姿を見たことがある。
すらりとした体躯を鎧に包んで馬に乗る信長は、見惚れるくらい美しかった。厳つい武神ではなく優しい観音菩薩を思わせたが、その中身は随分と豪快な性格らしい。
「ああ。しかも、笑いながらな」
そう続けた可成も、笑っていた。
指のない当人が、槍と一括りにされたのをおかしそうに、そして誇らしそうに笑っていた。
……その笑顔を見て、彼は思ったのだ。
強くなろう、賢くなろう。
そして自分を磨き、父のように信長に己を認めて貰い、誠心誠意仕えよう。
そしていつか、信長と父のような主従になるのだと。
そう心に誓った彼は、森成利。
後に小姓として弟達と共に、信長に召し抱えられる彼は幼名を乱丸、現代では『森蘭丸』という名で知られている。




