無上【二】
市は、姉妹だけあって信長によく似ている。
更に濃が嫁いできた頃が幼かったので、彼女に対しては妹と言うより、子供に対する気持ちに近い。微笑む濃の視線の先で、ふ、と市が目を伏せる。
「……もうすぐ、食べられなくなるのね」
「市姫様……」
「あ、誤解しないでね、義兄上? 私も武家に生まれたのだから、我侭を言うつもりはないわ」
浅井との縁談について、侍女などから聞いていたのだろう。それ故か、慌てたように反論してきたが――すぐに、濃の前で拗ねたように唇を尖らせた。
「そりゃあ、出来ることならずっと、姉上の傍にいたいけれど」
「……けれど?」
「姉上の役に立ちたいのも、本音なの……どうせ、恋い慕う相手もいないのだし。それなら、姉上の為に嫁ぎたいわ」
二十歳を越えた娘が、真顔で初恋もまだだと言い切っている。
武家の姫は家の奥で大切に育てられるし、濃も信長に会うまで恋を知らなかったが――市の場合、姉である信長のことが好きすぎるのだ。
……とは言え(避けられていたので直接、本人に聞いていないがおそらく)信長に恋慕を抱いていた信行とは少し違う。
「だって、姉上だけだもの……父上からも母上からも、省みられなかった私を見てくれたのは」
市の、信長に対する気持ちは崇拝だ。濃も彼なりに市を可愛がっているが、彼女には信長しか見えていない。
そして姉としてだけではなく、父のように市を見守り、母のように市を愛してくれた信長への思慕を一途に語った市だったが、そこでふと何かを思い出したのか眉を顰めた。
「……そうね。藤吉郎以外なら、誰でも良いわ」
「おや……市姫様は、木下どのがお嫌いなのですか?」
藤吉郎が、市の美しさを称えていると聞いていたので何気なく尋ねると、途端に信長に似た切れ長の瞳で睨まれた。
「私を美しいと言うのは、私が姉上に似てきたからで……気持ちは解るけど、身代わりなんかを求めるなんて、姉上への愛が足りないわ!」
「……なるほど」
「藤吉郎に嫁ぐくらいなら、柴田どのが良いわ! 姉上の話を、黙って聞いてくれそうだものっ……だけど今、私が嫁ぐべきなのは浅井どのだから。私は、浅井家に嫁ぎます。義兄上、姉上にそうお伝え下さい」
どこまでも信長信者である市だったが、最後にはきっぱりとそう言って濃へと笑ってみせた。
※
お手玉は、奈良時代に中国から伝わった遊びである。
小さな布袋に石や水晶を入れて作られていたが、嫁ぐことが決まった市に信長が渡したものは少し違った。
「姉上、これは……」
その手触りに、そして少々、拙い縫い目に市はハッと顔を上げて信長を見た。
そんな妹に対して、少し照れ臭そうに信長が頬を指で掻く。その白い指は、けれど何度も針で刺したのか手当てをされていた。
「お市の好きな、小豆を入れておる。勿論、長政がぬしにひもじい思いをさせる訳がないが……お市の、好物だからな」
「……姉、上っ」
「ああ、お市はわしの妹だ。幸せになるんだぞ……だが何かあれば、遠慮せずわしのところに帰ってこい」
姉の為に、と気丈に振る舞っていた市だったが――信長の手作りだと知った途端、幼子のように涙ぐんで姉に抱き着いた。
そんな妹を、信長は笑って抱き返したのだった。




