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一花繚乱  作者: 渡里あずま


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無上【一】

 彼女にとって、土田御前は母ではなかった。土田御前が我が子として可愛がるのは、兄・信行だけだった。娘は、いずれ他家に嫁ぐ。それ故か、土田御前は彼女を乳母に預けたきりほとんど関心を寄せなかった。

(私にとっての、母は……)

 少し考えた後、彼女はくすくすと笑った。

 ……彼女を、優しく慈しんでくれるひと

 けれど即座に浮かんだ人物は、母と言うには少々どころでなく雄々しく――更に、彼女にとって『それだけ』では足りなかったからだ。



 光秀が、信長の家臣になり――義昭の後見となることの他にもう一つ、勧められたことがある。

 それは浅井長政との同盟であり、その証として妹・市が長政に嫁ぐことだった。同盟を結ぶこと自体は上洛路を確保出来る為、問題ない――しかし、その為に市を犠牲にするのは。


「好きでもない男に嫁ぐなど、お市が哀れだ」

「しかし、殿。そもそも武家の姫君が、どうやって縁談以外の方法で嫁ぐのですか」

「うっ……そこはそれ、家臣の誰かとだな」


 淡々と指摘する光秀に対して、信長の主張は歯切れが悪い。

 十三歳下の市は現在、二十一。十代が結婚適齢期である戦国の世としては、この年まで未婚なのは本当に珍しい。まあ、父亡き後、市の婚姻の決定権を持つのは信長なのでこうなっているのだが。


「殿も、岐阜どのとは縁談による婚姻ではありませぬか」

「そういうおぬしは……始まりこそ縁談だが、身を引こうとした奥方を手放さなかったではないか」


 唇を尖らせ、軽く睨むようにして信長はそう反論した。ちなみに話題の『奥方』とは、光秀の為に髪を売る程の賢夫人・煕子のことである。


「……今一度、よくお考え下さいませ」


 しばしの沈黙の後、光秀は頭を下げて話を切り上げた。

 新参者である光秀が、主君の妹の婚儀に口を出しては悪目立ちしてしまう。その為、濃の部屋でやり取りをしているがここ数日、この調子で全く話が進まない。


(愛妻を持ち出されては、おしどり夫婦で有名な十兵衛どのも縁談を強くは推せない……全く、信長も性質が悪い)


 しかも、あんなに可愛い表情かおをして。

 そんなふざけたことを(しかし、本人は至って真面目に)考えながら、濃はこっそりとため息をついた。そして現状を打破する為、市と話すことを決意した。


(市姫様は……花より、善哉の方が喜ぶかな?)



 お汁粉がない訳ではないが戦国時代、それから関西での善哉は善哉餅、餅の上に小豆あんを乗せたものを指す。

 相手の好物であるそれを台所で用意させて、濃は義妹の部屋へと向かった。そんな彼を、市が笑顔で迎える――もっとも、その手は善哉の皿へと差し出されていたが。


「美味しい!」

「市姫様は、本当に善哉がお好きですね」


 そして目の前で嬉しそうに善哉を食べる市に、濃は目を細めた。

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