役目【三】
実母・土田御前の命乞いにより生き長らえた信行だった。
だが翌年、彼は再び信長への謀反を企てる。
二度目となると家督を得るか、命を失うか――今度こそ、そのどちらかしかない。
「それは、信行も承知しているであろう?」
脇息に肘を置き、そう尋ねた信長の視線の先には、頭を下げる勝家の姿があった。
結果が二つに一つしかないからこそ、前以上に秘密裏に計画されている謀反。だがそれは、清洲城を訪れた勝家の密告により、こうして明らかにされた。
「ぬしも、信行の命乞いか?」
戦上手と名高い勝家だが、一方で戦を嫌っていると知っている。それ故に、信長ではなく信行に従っていることも。
しかし、問いに対して勝家は太い首を左右に振って答えた。
「むしろ、逆でございます」
「……何?」
「信行様は、死にたがって……いえ、殿に殺されたがっておられます」
それ故、他の者達を巻き込むことなど赦されぬ、と。
続けられた言葉に、信長は大きく目を見開いた。
※
「姉上が病、だと?」
「はっ……故に、信行様と家督のことなど話されたいそうです」
「それは真か、勝家?」
そう言って頭を下げる勝家に、続けて問いかけてきたのは信行ではなく、姉弟の母である土田御前だった。
城に、そして男に守られた状態で、上から物を言ってくる女性。
……確かに、かつての主君の正室ではあるのだが。
信長も信行も美形であり、その母である土田御前も十分、美しい。
だが勝家の心を動かしたのは戦場で、その身一つで彼らと対峙した信長の一喝だった。
(母子だと言うのに……殿とは、正反対だな)
声に出さずに呟くと、勝家は土田御前に対しても頷いて見せた。そして顔を上げ、ひた、と信行を見据える。
勝家の眼差しを、信行は無言で受け止めて口を開いた。
「解った。清洲へ参ろう」
※
清洲城に着いた信行は、小姓に腰の刀を預けた。
そして招かれた部屋の襖が閉められ、部屋で信長と二人きりになったところで口を開いた。
「姉上、お濃どのに謝っておいて下さい……種無しとばかり、思っておりました」
「自分で言え」
「弟の、最期の頼みでございます」
正座をした信行は、病と偽り勝家と謀って呼び出されたことにではなく、姉の膨らんだ下腹に対してそう言った。そんな彼に、信長が顔をしかめる。
「……ぬしは、死にたいのか?」
「勝家に聞きましたか? 良かった、あの者は姉上の頼もしき忠臣となるでしょう」
「答えよ、信行!」
腰の刀に手をかけ、声を荒げた信長に微笑みを絶やさぬまま。
「ええ、姉上……私は、役目を果たしたいのです」
「役目?」
「あなたを、余計なしがらみから解放すること。それは同じ正室の血を引く、私にしか出来ません……いえ、私にはそれしか出来ません」
そこで、信行の声音が変わった。微笑んだままではあったが、一気に哀しみが透ける。
「姉上……いえ、信長。ずっと、お慕いしておりました」
「……信行?」
「しかし、あなたにはお濃どのがおられる……それ故、私はこの役目を果たしたいのです!」
そこまで言うと、信行は懐から小刀を取り出した。
畳に鞘を投げ捨て、切りかかっていく弟に――信長は、刀を一閃させた。
……飛び散る、鮮血。
姉と自分を繋ぐ、疎ましくも愛しい血。
そんな己の血を浴びる信長に、倒れた信行は手を伸ばした。
そして姉が身を屈め、その手を取ったのに――頬を伝う涙が降ってくるのに、信行は口を開いた。
「やっと、あなたに触れられた」
幼き日、己の恋心を自覚したあの日に果たせなかったこと。
……このぬくもりの為に家臣を巻き込み、死に至らしめた自分より、こうして愚かな弟の為に涙を流してくれる信長こそが、やはり当主に相応しい。
死に行く今、そう思いながら信行は目を閉じて――二度と、開かなかった。




