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一花繚乱  作者: 渡里あずま


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役目【三】

 実母・土田御前の命乞いにより生き長らえた信行だった。

 だが翌年、彼は再び信長への謀反を企てる。

 二度目となると家督を得るか、命を失うか――今度こそ、そのどちらかしかない。


「それは、信行も承知しているであろう?」


 脇息に肘を置き、そう尋ねた信長の視線の先には、頭を下げる勝家の姿があった。

 結果が二つに一つしかないからこそ、前以上に秘密裏に計画されている謀反。だがそれは、清洲城を訪れた勝家の密告により、こうして明らかにされた。


「ぬしも、信行の命乞いか?」


 戦上手と名高い勝家だが、一方で戦を嫌っていると知っている。それ故に、信長ではなく信行に従っていることも。

 しかし、問いに対して勝家は太い首を左右に振って答えた。


「むしろ、逆でございます」

「……何?」

「信行様は、死にたがって……いえ、殿に殺されたがっておられます」


 それ故、他の者達を巻き込むことなどゆるされぬ、と。

 続けられた言葉に、信長は大きく目を見開いた。



「姉上が病、だと?」

「はっ……故に、信行様と家督のことなど話されたいそうです」

「それはまことか、勝家?」


 そう言って頭を下げる勝家に、続けて問いかけてきたのは信行ではなく、姉弟の母である土田御前だった。

 城に、そして男に守られた状態で、上から物を言ってくる女性。

 ……確かに、かつての主君の正室ではあるのだが。

 信長も信行も美形であり、その母である土田御前も十分、美しい。

 だが勝家の心を動かしたのは戦場で、その身一つで彼らと対峙した信長の一喝だった。

(母子だと言うのに……殿とは、正反対だな)

 声に出さずに呟くと、勝家は土田御前に対しても頷いて見せた。そして顔を上げ、ひた、と信行を見据える。

 勝家の眼差しを、信行は無言で受け止めて口を開いた。


「解った。清洲へ参ろう」



 清洲城に着いた信行は、小姓に腰の刀を預けた。

 そして招かれた部屋の襖が閉められ、部屋で信長と二人きりになったところで口を開いた。


「姉上、お濃どのに謝っておいて下さい……種無しとばかり、思っておりました」

「自分で言え」

「弟の、最期の頼みでございます」


 正座をした信行は、病と偽り勝家と謀って呼び出されたことにではなく、姉の膨らんだ下腹に対してそう言った。そんな彼に、信長が顔をしかめる。


「……ぬしは、死にたいのか?」

「勝家に聞きましたか? 良かった、あの者は姉上の頼もしき忠臣となるでしょう」

「答えよ、信行!」


 腰の刀に手をかけ、声を荒げた信長に微笑みを絶やさぬまま。


「ええ、姉上……私は、役目を果たしたいのです」

「役目?」

「あなたを、余計なしがらみから解放すること。それは同じ正室の血を引く、私にしか出来ません……いえ、私にはそれしか出来ません」


 そこで、信行の声音が変わった。微笑んだままではあったが、一気に哀しみが透ける。


「姉上……いえ、信長。ずっと、お慕いしておりました」

「……信行?」

「しかし、あなたにはお濃どのがおられる……それ故、私はこの役目を果たしたいのです!」


 そこまで言うと、信行は懐から小刀を取り出した。

 畳に鞘を投げ捨て、切りかかっていく弟に――信長は、刀を一閃させた。


 ……飛び散る、鮮血。

 姉と自分を繋ぐ、疎ましくも愛しい血。

 そんな己の血を浴びる信長に、倒れた信行は手を伸ばした。

 そして姉が身を屈め、その手を取ったのに――頬を伝う涙が降ってくるのに、信行は口を開いた。


「やっと、あなたに触れられた」


 幼き日、己の恋心を自覚したあの日に果たせなかったこと。

 ……このぬくもりの為に家臣を巻き込み、死に至らしめた自分より、こうして愚かな弟の為に涙を流してくれる信長こそが、やはり当主に相応しい。

 死に行く今、そう思いながら信行は目を閉じて――二度と、開かなかった。

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