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一花繚乱  作者: 渡里あずま


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役目【二】

「と、殿……何故、このような場にっ」

「このような? よく言うわ。ぬしらがわしに刃向かう故、乳飲み子を置いて参ったぞ」


 笑顔での嫌味と、全てを見透かすような眼差しを向けられて――鬼柴田と名高い勝家は、しかし咄嗟に後ずさろうとした。

(……怯むな、相手は女子ではないか)

 そんな己を奮い立たせるように、勝家は口をへの字にして信長と向き直った。


「殿では、織田家は治まりませぬ。守護代である信友様を討ち、尾張を手に入れたつもりなのでしょうが……そもそも、信行様が当主となれば不要な争いでございました」


 そう、信長が信友を討ったのは尾張守護・斯波義統が信友に殺され、その息子である義銀が信長の元へ落ち延びた故だが。

 ……その原因は、信友が信行に後を継がせようとし、そのことを義統が信長に知らせたからである。

 信行が当主となれば、そもそも起こらなかった争いだ。信長が当主である限り、戦が絶えることはないだろう。

(織田家安泰の為には、信行様こそが当主に相応しい)

 鬼と称されるが勝家だったが、戦は嫌いだった。自分は何とでもなるが、巻き込まれる民全ては守れない。ならば、そもそも戦が起こらなければ良いと思っている。

 だが、しかし――。


「……必要ないだと? そのような寝言をほざく口、それこそ不要であろう。わしがこの手で切り裂いてくれるわ!」


 そう言って、刀に手をかけ立ち上がった信長に、勝家はたまらず一歩後ずさった。


「確かに、わしは信友を討った。この尾張だけで終わるつもりはない。天下を手に入れ、この世を変える……変えねば、戦は無くならんからな」

「なっ!?」


 思いがけない言葉に、勝家は絶句した。そんな彼を見て、むしろ不思議そうに信長が首を傾げる。


「何を驚く? 我が子やその先のことを考えれば、無くすべきものであろう?」


 母ならではの発想かもしれないが、信長と信行の母である土田御前とは違う。

 男に縋るのではなく、自ら刀を取って手に入れようとする辺り、とても女子とは思えない。

(織田家だけではなく、この国の安泰を欲すると?)

 呆然とする勝家の前で一旦、信長は言葉を切った。そして刀の柄を握る手に力を込め、再び勝家を睨んで口を開いた。


「勿論、これはわしの我が儘よ。気にくわんならそれも良い……だが、ならば他の者を巻き込むな。おとしめるな。引き合いにも出すな……ぬしらの本音をぶつけてこんかっ!」

「……っ!」


 鋭く一喝された勝家は、それから彼共々攻め入った織田家家臣はすっかり圧倒されてしまった。

 ……信行の元へと逃げ帰る者達を、信長はただ黙って見送るのだった。



 起こるべくして起こった織田家の家督争いはしかし、少し意外な形で終息した。

 ……母・土田御前が信長に、信行の命請いをしたのである。

 あれだけ、信長を嫌っていたくせに――土田御前の厚かましさには呆れたが、信長が実弟を斬らずに済んだことには喜んだ。濃は、あくまでも信長至上主義である。

 だが、しかし。

 いや、だからこそ。

 寝所の片隅で信長が、いつぞやのように膝を抱えているのは見逃せない。


「信長? どうしたのですか?」


 それ故、濃は彼女の前に膝をつき、小首を傾げて優しく尋ねた。

 ……しばしの沈黙。

 夜は長い、と微笑んで返事を待っていると、俯いたままではあったが信長の声が届いた。


「……正室の長子はわしだが、長男は信行だ」

「はい」

「確かにわしは男子おのこを、奇妙丸を生んだが……まだ赤子。それに、あいつは……弟なのだ。それ故、柄にもなく怯んでしまった」


 正嫡の血を継ぐ男子であり、弟である信行を斬ることを。

 そう言ってまた黙った信長に、濃は口を開いた。


「柄にもなく、だなんて。信長はこんなに優しくて、可愛らしいのに」

「……なっ!?」

「ほら」


 濃の言葉に照れたのか、上げられた顔は真っ赤になっていた。

 その小さな顔を両手で包み、目線を合わせて濃は続けた。


「まあ、こんなに可愛い信長は私だけが知っていれば良いですね?」

「……濃が意外と性質たちが悪いのを、知っているのもわしだけだぞ」

「光栄です」

「いや、誉めてないからな?」


 にこにこ、にこにこ。

 濃の笑顔での受け答えに、信長が呆れたようにため息をつく。


「あなたが、信行どのを斬らなくて良かった」

「……で、あるか」


 そう言って抱き寄せると、信長は芝居がかった口調で答えながらも、濃の肩に額を乗せた。

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