回想 -白の部屋-
一面の白。
この世界はどこまでも広く、限りなく狭い。
意識が遠くなる。何度目のことだろう。もう、数えるのもやめてしまっていた。
思い返す。何度目のことだろう。もう気にすることもやめてしまった。
「お前…なんで…!」
真紅の色。生暖かい。目の前の肉の塊は黙している。手には鈍色に光っていたナイフが握られていた。私は家の井戸に落とす。どこまでも落ちていく。どこまでも暗く、まさに深淵と呼ぶべきものだった。ライトを当てる。限界を留めていないそれは、もう何かもわからなかった。
嗤う。何を?わからない。大きく、されど冷たく、口角は上がっていた。不思議と目尻は下がらなかった。
次の日、アレは無くなっていた。不思議となんとも思わなかった。
「よお。昨日のゲームはどうだった?」
能天気に訊いてくる。
---ああ、悪くなかったよ。
次の日もこのような会話が続くのだろう。
音がした。いつもの作業だ。私は覚悟をする。口に含むが、前のような楽しみはない。一番楽しかったのはいつだったか。
「判決を言い渡す。被告に責任能力はないと見做す。」
そんなことだろうと思っていました。でなければ、我が子はそんなことをするはずがないのですから。何があったかはもう正直覚えていません。何が買えてしまったのでしょうか。
国に、世界に見られている。ある者は怒り、ある者は哀しんでいるのだろう。
ああ、そうだ。私にはやることがあった。この肉塊を消さなければ。私はポケットから小瓶を取り出した。栓を抜き掛ける。小気味良い音がする。
光が差し込む。私の腕には針が刺さっている。だめだ、私にはやることがあるのだ。
残骸を袋に詰め込んだ。10km程度運んだところでそれを埋めた。こいつには親も友もいなかったな。そんなことを考えながら進めた。
財布から消えていた、紙一枚が。
また消えていた、紙一枚が。
こんなことが続くので、カメラを用意し撮影をしてみれば奴だった。問い詰めるが喚きしかしない。何を言っているのだろうか。私はそこにあった鈍く光るものを取る。
錆びている。これも袋に詰め込んだ。ああ、既に錆びていたな。もうそれだけ経ったのか。途中、黒い人にあった。サラリーマンが今の時間に歩いているなんて不自然だが、気にしない。
頼まれたからというよりは仕事に対する義務感でだったが、男はそれを追っていた。奴には友人いない。親もいない。唯一の関係者は彼のみだった。そいつと今、すれ違った。
「そこの君、私はこういうものだ。」
手帳をみせる。彼は驚いた顔をして走り出した。抑えなければ。そう思い走り出す。
頭痛がする。さっきのものは効いていないのか。ああ、今日は寝よう。
朝、眼が覚めると鈍痛がした。鈍く、鈍く、響いていた。鈍色の手すりにつかまり立ち上がる。
鈍色のそれは鋭く、いつの間にか手を怪我していた。さっきのスーツの男が仲間を呼んで私を取り押さえていた。その男の頰には一筋の切れ目があった。隣には鈍く光るそれがある。私は終わりを覚悟した。
「やめてくれ、な?返すからさ、な?まって?許してくれよ?倍にするからさ?」
私が問題にしているのはそこじゃない。
「ほ、ほら、好きな額やるから、なんなら毎月やるからさ?許して?な?いいだろ?」
私が問題にしているのはそれじゃない。
いつからだろう。こいつの素行に腹が立っていたのは。今ではもう思い出せない。私は、手に持った鈍く尖ったものを突き刺した。
頭痛が引かない。おまけに私は幻覚まで見てしまっているのか。耳鳴りと幻聴も治らない。存在し得ないその影は、部屋の隅から語りかける。
「迎えだ。お前を迎えにきてやった。」
そうか、そんなことだろうと思ったよ。
「なんだ?えらく落ち着いているじゃねぇか。」
まあ、そうだな。小窓の外からは青々とした空が見える。本当は、こちらが逆さまで、あれは海なのかもしれない。はたまた、黒いのかもしれない。こんなにも語りかけて来る幻は初めてだ。
ああ、眠くなってきた。私は目を閉じる。きっと、明日も同じ日が続く。変化のない白い部屋。刺激のない白い部屋。
いや、明日からは白くないのか。黒くなるのか。ただそれだけだ。どうせすぐに慣れるさ。わたしは今、希望を持っている。変化を得ることができたからだ。とても嬉しいからだ。私は意識を失った。
その日、その施設は大騒ぎとなった。立ったまま「その人」が亡くなったからだ。その日の空は鈍く、暗く、鋭い雨が降っていた。