02『気になる彼は変態さん』~芦屋冬馬(あしやとうま)編~
芦屋冬馬視点です。
私の名前は芦屋冬馬、十歳。
新陰陽学士院に通う陰陽師です。
私の家系は、あの有名な蘆屋道満の子孫にあたります。
生まれたときから特別な教育を受けて育ちました。
どうやら私は陰陽師としての高い才能があったらしく、芦屋家にいる他の陰陽師の方々からも特別視されていました。
道満や晴明を超える逸材などと言われたりもしました。
多くの者が私を神のように扱い、一部の者が妬んでいました。
私を一人の人間として対等に見てくれる人は、ほとんどいませんでした。
それはとても不快でしたが、父も母も私の陰陽師としての成長をとても喜んでくれたので、期待に応えるために私は研鑽を積みました。
そして十歳を迎えるころには、通常の陰陽師が成人するまでに習得する術を会得し、十二天将の一つを式神として使役するに至りました。
するとどうでしょう。
ただでさえ家の中だけで過ごしてきた私は、自由に家の中を移動することすら制限され、一層特別な扱いを受け始めました。
そこでいよいよ私は疑問を抱き始めました。
確かにむやみに出歩けば、私ほどの陰陽師ともなればいくつかリスクが付いて回ることでしょう。
しかし、これほどまでに外界と距離を置く必要があるのでしょうか。
私だって外の世界を知りたいのです。
そこで初めて得るものもあると思うのです。
行動が制限されればされるほどに、外への憧れは強くなっていきました。
そして私は知ったのです。
外の世界に陰陽師を育成する学校があることを。
迷う暇はありませんでした。
私はそれが芦屋家の規則に反すると知りながらも、父と母に懇願しました。
「新陰陽学士院に通いたいですって?」
「広義の陰陽師を受け入れる学校? そんなところに行かせるわけにはいかんよ。家の中でも十分研鑽は積めるだろう」
当然、反対されました。
違うのです。
父上、母上!
私はただ大人たちに囲まれて、陰陽の術を極めるだけの人生を送りたくはないのです。
同じような年ごろの方々と、切磋琢磨しながら学ぶ日々を送ってみたいのです。
それからというもの毎日両親に私の思いをぶつけました。
もしかしたら、両親をこんなにも困らせたのはこれが初めてかもしれません。
普段物静かな私が珍しく自分の意思を主張するので、両親は不思議に思ったことでしょう。
それほどまでに私は外の世界というものに飢えていたのです。
そしてようやく、条件付きで入学の許可が下りました。
条件はこうです。
アカデミーでの成果を定期的に報告すること。
そして、芦屋家の名を貶めるようなことがあれば即退学すること。
この条件に私が口を挟む余裕はありません。
望みが叶うのであればこの程度の条件は即了承です。
こうして、ようやく私はアカデミーへの入学を果たしたのでした。
――――四月中旬。
両親の説得に時間がかかったせいで、入学式には間に合いませんでしたが、まだ四月。
半月程度の遅れであればなんとかなるでしょう。
当然入学したということは試験をパスしているわけで、結果はペーペーテスト、実技テスト共に満点でした。
私の年齢が十歳であるということと、歴代最高点を記録したということもあって周囲からはすごいと褒められたりしました。
しかし、もし私が一点でも減点をされていたのならば、即芦屋の本家に引き戻されていたことでしょう。
芦屋家の陰陽師ともなれば、常に完璧が求められるのです。
そして私は初めて学校というものに立ち入り、クラスメイトに出会うのでした。
初めての教室で私は自己紹介しました。
自己紹介をしている間も、噂話が絶えませんでした。
恐らく私の家柄や生い立ちについて少しばかり知っておられたのでしょう。
天才だ~とか、ちびっ子だ~などと聞こえていました。
ちびっ子というのは何やら愛玩するようなニュアンスが感じられましたが、ちょっと失礼なんじゃないでしょうかね。
確かに身長は百三十五センチほどしかありませんが、これからまだまだ成長するんですからね。
とはいえ、私利私欲にまみれた大人たちに囲まれるよりはずっと居心地がよく、比較的快く受け入れられえたことに嬉しく思いました。
そして、私はウキウキ気分で指定された空席に座りました。
するとここで私は違和感を感じたのです。
陰陽師として研鑽を積んだ私は、人が纏う気に敏感です。
和やかな教室内、談笑するクラスメイト達。
それは私が夢見た理想的な環境でした。
しかし、一点。
私が本家で受けていたような、よく知っている視線も感じたのです。
私の隣の席で、突っ伏しておられる方。
とても悲しい、何もかも諦めたような背中をされていました。
それなのに、それなのに。
誰も気を留めていないのです。
まるでそこに誰もいないかのように。
わざと避けているように思えました。
この方の睡眠を妨げると、ものすごく怒られたりしちゃうのでしょうか?
いいえ、そうではないのでしょう。
私にはわかります。
これは、この視線は、明らかなる軽蔑です。
私は悲しくなりました。
そして、彼に話しかけたのです。
「初めまして、お隣さん。よろしくお願いします」
なんてことない挨拶。
しかし、私ははっきりとあなたの存在を認識していると宣言したのです。
すると案の定周囲は静まり返りました。
ああ、かわいそうに。
あなた達もあの大人たちと同様に、異なる者に対する差別的意識をお持ちなのですね。
あなた達は何に従ってそのような振る舞いをするのでしょうか。
周囲と足並みを揃えることがそんなにも大事ですか。
それが非道な行いでも疑問を持たないのでしょうか。
思うことは多くありますが、ひとまず私は話しかけたこの方を注視しました。
私の声に反応し顔を上げる男の子。
彼は私を見つけると何やら目を丸くして驚いておられました。
そして口をパクパクさせていました。
読唇術も身につけていた私にはそれが『初めまして』と伝えたいのだと理解できました。
口下手な方なのでしょうか?
とりあえず意思疎通はとれたので、私は彼に微笑みかけました。
その時です。
彼が発していた悲しい雰囲気が少し和らいだ気がいたしました。
これが私と彼の初めての出会いです。
ちょっと複雑な出会いではありますが、この男の子には何か私に似たものを感じました。
で、ここからが問題です。
私はどうしても彼のことが気になったので、私がアカデミーに来る前に何があったのか数日調べてみました。
するとどうでしょう。
彼は初回のペーパーテストで学年トップだったらしいのです。
そんな方がどうしてこんな扱いを受けているのでしょうか。
さらに調べていくと、原因が判明しました。
陰陽術の実技適性が壊滅的だったのですね。
それは大変致命的ですね。
悲しむのも無理はありません。
しかし、こういう時こそ支え合うのが友達ではないのでしょうか。
何とか突破口を見つけようとするのが教師ではないでしょうか。
そこで見て見ぬふりをする気持ちが私には分かりません。
そして、当の本人も問題なのです。
どうやらこの状況を仕方ないと思っているらしいのです。
それでも男の子なのでしょうか?
困ったさんですね。
この、根性なしさんめ!
ただ私にはここまでしか分かっていませんでした。
彼は絶望し、落ち込み、府抜けてしまった人。
ただそれだけだと思っていたのです。
侮っていました。
まさか彼にこんな本質が隠されていたとは。
それは彼に出会って数日経ったころ。
周囲の視線を気にしながらも、私は彼との会話を試みました。
「おはようございます、御門君」
とか、
「今日は午後から雨みたいですよ。傘持ってきましたか?」
とか。
何気ない会話でしたが、御門君は少しずつ心を開いてくれました。
しかし、それが彼の本質を引き出すトリガーだったのでしょう。
私はアカデミーにいる間、ずっと視線を感じていました。
そう、御門君の視線です。
そして、彼は積極的に私に話しかけるようになりました。
これは大きな進歩ですね。
しかしですね、御門君が私に初めて話した内容はこんな感じでした。
「冬馬ちゃん。俺って昔、無自覚なロリコンとか呼ばれてたんだよね。でもさ、ちんまい子が好きなのとロリコンは一線を画するものだと思うんだよね」
いきなり下の名前で、ちゃん付けですよ。
しかもその話題を私に振りますか?
そして、その後も毎日日課のように言うのですよ。
「冬馬ちゃんは可愛いなぁ」
って。
そ、その……ですね、世の男性が女性にどのような求愛をするのかよく存じ上げないのですが、これは好意を持たれているということなのでしょうか?
で、ですがですね。
私は知っているのですよ。
御門君が講義中に私を……いえ、私のおっぱいをチラチラ見ているのを。
そして、御門君はとうとう言ったのです。
講義中に寝ぼけていたのか知りませんが、割と大きめの声量で、
「冬馬ちゃんのおっぱい、もみもみ~!」
って。
あれは一体何なのですか?
欲望ダダ漏れじゃないですか。
大変な辱めを受けましたよ、もうっ!
ですがそれが功を奏したと言っていいのでしょうか、御門君はアカデミー内で無自覚ロリコン変態魔人という新たなアイデンティティを獲得し、周囲から無視されたりすることも無くなりました。
女の子達から非難を浴びることはあるようですけどね。
これは自業自得です。
最悪の場合、股間にぶら下がっているものを引きちぎられてしまえばいいのです!
まあ、ある意味アカデミー内の雰囲気が良くなったので何よりです。
そして、数か月の時が流れ、冬がやってくるわけですが。
相変わらず晴明君の変態ぶりは健在です。
まあ、晴明君に対する私の対応も変わりませんが。
う~ん? 何か変わっているでしょうか?
きっと変わっていても些細なことでしょうね。
でも、最近思うのですよ。
晴明君って、普段ぼけーっとしているようでちゃんと見てくれているんだなぁって。
この前、私が周囲の期待に応えようと気を張り詰めていると、
「最近無理し過ぎなんじゃないか? おっぱい揉もうか?」
って言うんですよ。
いや、おっぱい揉もうか? って。
おかしいのは分かっているのですが、もはやこれは晴明君の挨拶みたいなものでして。
そこじゃなくて、私の変化にすぐ気が付いて、彼なりに気遣ってくれる所とか、良いなぁって。
それに最近では、実技は苦手でも理論の勉強は頑張ろうとしているみたいで、時々私よりも早く問題解いたりするんですよ!
ちょっと、かっこいいなぁとか思っちゃいますよね。
かっこいいと言えば、最近やっと気づいたのですが、晴明君って意外ときりっとしたお顔立ちなんですよね。
変態発言ばかりするので、変な先入観に補正されていましたが、美少年と言って差し支えないんじゃないかなぁ。
それで、それで……って、あれ?
私は一体何を考えているのでしょうか?
というか、私はいつから彼のことを下の名前で呼んでいたのでしょう?
あれれ、あれれ?
どうしてこんなにも私は彼のことを……。
――――っ!
あ、あの……もしかして、この気持ちってまさか。
そして今日は十二月二十三日。
明日は、クリスマスイブじゃないですか。
この気持ちを、放っておくことはできませんね。
「そろそろ覚悟を決めなくてはならないのでしょう」




