食卓
世界の破滅は間近にせまっている。
食卓にはきれいに並べられた食器が二人分、ひとつは、笑った顔をして、子犬が座ってこちらを向いている幼児用の器がひとつ、その横にはタンポポの綿毛の種子がふわふわと飛んでいるのを追っかける子犬が書かれたブルーのスプーンとフォークがきっちりと並べて置かれている。まだ、片言の会話しか出来ないのであろう幼児のために、オークのむく材で作られた椅子が、テーブルの天板の高さにちょうど良い位の位置に、幼児の顔と胸がのぞく様に置かれている。
向かいには、真っ白な30センチほどの丸いお皿と、持ちやすそうな、ハートを半分に切った形の取っ手が付いた白いスープカップが置かれている。曇りひとつないステンレスのナイフとフォークが白い皿の右の縁に、引っ掛けて並べて置かれている。ナイフの刃の真ん中あたりに、幼児が座っていたであろう椅子の後ろの壁面に掛けられた時計が写っている。赤いチェリーの絵をところどころに散りばめた壁紙に黒く縁取られた丸い時計の同じく黒い針は、12時7分を指して止まっていた。
不思議な事に、食器の中には食べ物のかけらも無かった。これから始まるであろう、母子のいつもの楽しい食事は、突然中止を命令されたかのように、時間が止まってしまったようだった。
突然、母子が向かい合うテーブルの母親側の奥から、強い風が吹き込んだ。食器が壁にいくつか掛けられている。その横に白いレースが付けられた2メートル四方の大きめの窓から食卓に向かって風が吹き込んでいるのだ。窓の下の床には、ガラス片と木の窓枠が散乱しており、いつもは窓越しに見える家並みは、その窓に向かって何かを押し込むために、かなたの地平線が見えるほどに、見事にその線上の家々は一直線に消滅していた。
数時間前、どこからか日本に向かってミサイルが発射された。大気圏を突き抜け宇宙空間をかすめたミサイルは、全ての人類が守るべきである、犯してはならない営みに向かって、その一点に向かって打ち込まれた。12時7分、ミサイルは完全に計画を達成した。全ての家々をなぎ倒して、その一点の最終地である赤いチェリーの描かれた壁紙の壁面に、はっきりと、母親が子供を抱き締め、わが子を守る黒い姿を焼き付けた。
激怒した、日本は報復のためにその国に向かってミサイルを打ち込んだ。全ての人類が守るべき営みである、その一点に向かって報復の矢をはなった。
食卓に置かれた、幼児用の食器に描かれた子犬はにこにこと笑った顔で、窓から見える風景を何事もなかったかのように眺め続けていた。
終わり