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執心の光

作者: G




執心の光





全てが存在しないかのような真っ暗な闇に、私は1人佇んでいた。


ここが、どこで一体何なのか、分からなくて当然。

唯一わかること。それは、ここが現実の世界ではないということだけ。

立ちすくむ足の感覚が全くない。


何も見えない恐怖、自分が何者なのかさえ分からなくなってくる空気

その内、見えては消えまた見えては消える微かな光に目をこらえる。

そこには人間にも似たような恐ろしい獣の姿が1匹映っていた。

勿論、怖さはあるが、ここから逃げ出したい衝動に駆られ、その動物に必死で私は走り寄っていく。

それなのに、近づいて行くほど、遠くなって、追いかけっこなんて何年ぶりだろうと思っている暇はない。


だんだん、まるで錘をつけているかのように、足を押さえつけられているかのように、走るスピードが落ちていく。

最後には動かなくなってしまう。

唇をかみ締める。

なんと言うもどかしさ。

走らなければ、もっと速く走らなければいけないのに。


目を凝らす。

希望の光が、消え去っていく。

そして獣の姿もなくなっている。


それからゆっくりと目を閉じた。

堕ちていく体に無言の圧力を感じる。




゛出来ることならば、このまま目覚めないでいたい″

そう思うのは如何してなのか。

ここに踏みとどまっていたいという執着心と、解放されたい気持ちが交差していた。





次に目を開けた時には、自分のベットの中だった。

一度に沢山の情報が、襲う。

輝かしい朝の光が目の中に入ってくる。



そして、ただ残るのは疲労感













「悪夢、だね」



さぞ、考えもせずに答えたあなた。

もっと、ちゃんと考えて欲しかった。


けど、これは誰がどう考えても悪夢としか考えられないのだろうと思い返し、私は出そうになる文句を踏みとどませた。

毎晩毎晩、飽きもせず見る夢に、もううんざりしていた。

私は深く溜息をついて疲れがたまっている全身をぐったりとさせる。

それを鋭い目で眺めているあなた。


周囲の人たちの楽しそうな声が聞こえる中、あなたは穏やかに微笑む。それなのに関わらず、あなたの顔色は、青白くて死にそうだった。

生きている人間と思えないほどまでは行かないが、亡霊のように儚いと、あなたに対してふと、思った。









『悪夢』



生々しいほどあの夢の出来事は現実に起きたことのように明確に覚えていた。


暗い重い空気。

微かにする血の匂い。

獣の荒い息の音。

生きているのか分からない気持ちが悪いほどの心臓


いつか、自分はその夢に取り殺されてしまうのではないかと思えるほどに、私は疲れきっている。

この状態になるまで誰にも相談していなかった。

それでも平均よりかは、我慢強い筈の私の我慢も、とうとう限界が来たらしく、あなたにここ最近、悩まされている夢について打ち明けた。

あなたなら、きっと何か解決策を教えてくれるかもしれないと思ったからだ。

妙な期待を胸に抱えて、後に続く言葉を静かに待つ。




「カウンセラーに相談したほうがいいんじゃない」


大丈夫、心配することはない。

ちゃんと君は生きている。

悪夢なんかで死んだりはしない。



そう呪文のように言い聞かす。

あなたは読んでいた本を、今まで読んでいなかったと言うみたいに勢いよく閉じて、テーブルに無造作に置く。

目の前で、友達が困っているのだ。

私自身は愛しているあなたのことを、【ただの友達】などと、これっぽっちも思ったことはいないが、あなたは違うのでしょうね。

あいにく今の私には、本を読んでいる余裕などない。

とにかく、形だけでも誠実に親身になってくれたら私は満たされる。



「やっぱ、専門の人に聞いた方がいいよねぇ・・・」



ぐねぐね、と軟体動物のようにソファーに項垂れる私。溜息をついた。











「いつから、この夢を?」

「ちょうど今から1ヶ月ほど前だったかなぁ」

「そう」


「1ヶ月前」という何の変哲もない単語を聞いて心臓が飛び出そうになってしまったのは僕だけだろう。

小刻みに震える指先を隠して、視線を下に降ろす。


隠し切れていない愚かさに、僕はぼやける視界に頭の痛さを感じた。

君をただ苦しめて、助けることも出来ず、かといって打ち明けることも出来ない。




今日と言う日から満月の日を計算すると、それは約1ヶ月ほど前にさかのぼる。



油断していた。

その夜は自分の脳みそが、どこかに吹っ飛んでしまったのではないかと思えるほど油断していた。



一晩をなんとか乗り切り、人狼から人間へと変わったすぐ後のこと。

いつもより、遥かに深い傷と生々しい血の匂いにおかしくなりそうになりながら、まだ夜更けの人のいない町を、静かに影を潜めながら、体を引きずっていた。


ああ、もっと警戒していれば良かったのだ。

後悔しても仕方が無く、それでも悔やんでしまうが人の愚かさだ。



反対側から歩いて来た君と目が合った時には、全てが遅かった。

その後のことは覚えていない。

何故、君が夜更けの町にいたのか、それは想像するに簡単だった。

大丈夫、人狼になった姿を見られたわけではない。僕の秘密は、ばれてはいない。


気がついた君の目に入ってきたのは自室のベットの上。そして見えたのは見慣れた天井だったはずだ。

あの瞬間の記憶はが君の中から消えていれば良いと願った。

そして、翌日、君はいつもと変わらず、僕に挨拶して、いつもと同じように友達と話している。


僕は、変にびくびくする必要は無かった。

君があの時の事を全て忘れてしまっていることに安息すると同時に残念な気持ちになった。とても奇妙な感情だ。

ほっと、全身の力が羽のように軽く抜けていく感覚を僕は実感する。




大きな何かがぶつかる音。

耳をふさいでも聞こえるほどの声が僕と君の背後で響いた。

先ほどから馬鹿でかい声で話し込んでいた男女だ。




「何で黙ってたのよ!」

「しょうがなかったんだよ。言わないほうが良かっただろ」



2人の男女のうちの男が「な?」と女に同意を求めていた。

そして間髪いれずに女も口を尖らせながら「そうだけど」と悔しそうな絞る声で返していた。




そう、言わない方が遥かに良いことなんて、この世の中に数え切れないほどある。

その人にとってそれはマイナスの要素でしかないのならば、知らないほうがいい。

そして一生、死ぬまで気がつかなければ良い。



日を追うごとに、体調が悪化していく君。

目の前の青白い顔をした君は、まるで魔女のようで、僕の体にひやりと冷たい何かが伝う。

溜息をついて遠くを見つめた。




「あなたは、夢に出てくるあの獣をどう思う?」



遠くを見つめる君が、まるで遠い世界にいる人のように感じる。

自分の存在が君の目に映らないというだけで、不安になって、消えていくような気がした。


バカみたいだ。

つまらない虚栄心。

自分を嫌いにならないでほしい。

知ってほしい、けれど一番気づいてほしくない人。



そういえば、いま君はなんて言ったのだろう?

どうやら、耳が遠くなっているらしい。

耳掃除しておこうと思う。

だけど、やっぱり「めんどくさい」と言う結論に辿り着く。



B級ロマンスさながらの芝居を演じていた男女が君の横を通って去っていく。

僅かな、ぬるい風が巻き起こる。

髪を重く揺らす。


どうやら、その去った2人は、香水を付けていたらしく、僕たちはその風を直に吸い込んでしまいゲホゲホと咽込みだした。

かなりの臭い香水の匂いだった。

君は眉を吊り上げて、今はもういない2人に向かって悪態をつく。

聞こえてくるのは賑やかな人々の明るい声。



「あー、最悪。絶対安物の香水だ」

「ほんと強烈だったね」

「あの匂いは1度嗅いだら忘れられない、絶対」

「はは、・・・」

「そこ、笑うとこじゃないから!」


絶対、を妙に強調させている君。

それが妙に僕のツボにジャストミートした。

乾いた笑い出す僕に向かって、君は立ち上がって、頬を膨らまして怒る。

まあ、本気で怒ってはいないだろうが。




ゆっくり、と、見つめれば、依然として君の顔の血色は普通よりは悪いが、臭い香水を嗅いだことによって、少しばかり元気は戻っていることに気がつく。

安物の香水も役には立つんだと僕は思った。。








「あのさ、思うんだよね」


「何、を?」



真剣な目をした遠くを見つめ直していた君の声に、一時の間を空けて返事をした。

そんな君を見て、変に胸騒ぎを感じる。君はなにかを耐えるように、強く唇を嚙んで、食いしばるように手を握り締めた。



ああ、彼女は一体、何を見ているのだろうか。






知らないままでいい。

気がつかなければいい。





「あの獣は泣いているんじゃないかなって」

「どういう意味」

「聞こえるの、悲しい叫び、が」



聞こえないのに、聞こえる。

わかるのだ、あの獣の叫びが。声が。

言葉にならないほどの絶望の淵で、悲痛に暮れた雄叫びが。



その獣が何なのかなんて分からない。

暗すぎて分からない。

視覚も感覚も聴覚も神経も狂っている。

見えていないのに、わかってしまう。

その獣が涙を流しているということに。


100%、絶対にと言い切れる直観。自分のことのように感じている。






「ねえ、何だと思う?私は如何したらいいの?」










遠くを見つめても何も無かった。

何も見つからなかった。

諦めた様に、疲れきったかのように、心の底から深く、深く溜息が飛び出てくる。


見上げた先に、見えたのは愛おしい彼

冷たい、寂しい微笑だった。

いつもとは、どこか違った微笑み。

溜息さえも心の奥へと退き引っ込んでしまうほどの。





「君はさ、考えすぎなんだよ。その獣は何も叫んでいない」

「どうして分かるの?」

「だって、ほらそれはただの悪夢だよ」




その獣に騙されてはいけないよ?

騙されては殺されしまうかもしれないよ?

その場の情に流されて、同情で優しくしても、君が傷つくだけ。

そもそも夢なのだから、どうしようもない。しょうがないことだよ。



「そうかな」

「そう、全て気にしないことが、考えず、忘れてしまうことが一番なんだよ」

「でも」

「そんな事忘れてしまえばいいんだ」




私には、確かに耳に届く、悲しい叫び

私の心の中の奥深くにまで、その絶望に耐える獣の痛みが響いてくるのだ。





















「大丈夫、きっと君はもう、そんな悪夢なんて見ないから」




もう、絶対に助けて欲しいなんて思わない。

君を求めたりしないから。

暗い、暗い、暗闇の中でも僕はちゃんと独りで耐えるから。

見えた光にも気がつかないふりをして、そこから逃げようなどと思ったりしないから。


未来に夢見たりもしない。



だから、どうか、どうか、お願いです。

この僕から、君を解放してください。

君にだけは、絶対に僕の真実を見てほしくないから。







冷え切った血が滲む手を解いて、あなたはゆっくりと目を閉じた。






真実は暗闇の中に














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