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Ⅳ 正体

「呉さん?」

 校門前の街路樹の下で呉さんが立っていた。見た目はただの二十代後半の男性であるため、生徒は一応目を止めるも素通りしている。

 まだこちらには気付いていないようで、小走りで近寄った。

「こんにちは」

「こんにちは。待ち伏せして悪かったかな」

 淡々と話す口調のせいで心情は掴みにくかったけど、配慮はあった。

 確かに校門で待ち伏せされると明日クラスメイトからの質問が予想される。でも、そこまでして伝えることがあるというのがわかった。

「いえ。何か急ぎの用ですか?」

「原因がわかった。確認するためにも、人目のないところに行こう」

 昨日の今日で。呉さんも蒼井先生同様に仕事が早かった。

 これで『視線』から逃れられる。

 これで、終わる。

 『視線』が揺れた気がした。警戒するような、離れようか迷っているような。

「ここならいいかな」

 呉さんは廃工場の敷地に入って足を止めた。

 周りに人気はない。日が落ちるのが遅くなってきたけど、見事に人通りはなかった。さすが廃工場。不気味に朽ちているため、不良さえいなかった。

「須賀くん、視線を感じる場所を鞄で殴ってみてくれないかな」

 呉さんの指示に素直に従った。

 今なら届く位置にある。もっと上に行かれたら、手が届かなくなる。視線を感じる空間に思い切り鞄を振った。

「ちょっと鞄を貸してくれないかな」

 振り切った反動を抑え、教科書の詰まった鞄を呉さんに渡した。

 呉さんは叩いた面に手を置き、慎重に撫でた。

 何かを探すその仕種に、声を描けられなかった。

「あった」

 何かを摘んでいるようだったけど、見えなかった。

 親指と人差し指で作られたCの形。その間をどの角度で見ても何もない。間は3センチくらいで、小さい。

「これは見えないよ。だからこそ、視線だけを感じる」

 なるほど。こちらを見ている物が、こちらからは見えない。だから、視線だけを感じる。

 摘めるなら、そこには何かがあるはず。Cの開いた部分に人差し指を当てた。

「うわ……」

 確かに何かある。

 硬くて冷たい。ゆっくりと指を滑らすと、薄い羽のようなものに触れた。

「この薄さ」

「そう。この羽が君の腕を切ったんだ。飛んでいるときだったから、勢いでスパッと」

 そっと腕の包帯に触れた。この傷は、ここにある見えない何かで負ったものだった。

 こんなに小さいのに、あの殺傷力。こんなものがあと何個あるんだろう。

 視線の数以上はあるはずだ。

「これはね、監視カメラなんだ。飛行型のね。光を反射しない素材で、見えないようになっている。こちらからは見えないけど、これは僕たちを見ている。だから、君は視線だけを感じた」

 呉さんは、摘んだモノを鞄から取り出した箱に入れた。手の平に収まる大きさの箱は金属製で、これなら箱は壊れないだろう。

 視線の正体を知っていたかのようなその箱を、じっと見た。それに気付いた呉さんは、苦笑した。

「君を話を聞いて、思い当たることがあってね。知り合いに聞いてみたら、テスト飛行してるって言われたんだ。君が視線を感じたことや、怪我したことを言ったら、一時中止するって。回収は明日になるから、今日のうちに君に見せたかったんだ」

 見えない監視カメラ。それが街に溢れている。

 ずっと見られていた。

 家の中にも侵入したそれは、プライベートまでもを見ていて。

「家の中まで監視するなんて……何をしたいんですか?」

「犯罪抑止だよ。まあ、家の中に入るのは限られてるけどね。ちなみに一般公開はしない。だから、犯罪を見つけたら正規の手続きで証拠を集めるんだ」

 あの悪意の視線が正義の味方だったなんて。

 いや、僕が気付いていたから悪意が篭ったのか。悪意じゃなくて警戒だったのかも。

 とにかく正体は判明した。危険は取り除かれた。咲良は関係なく、やっと安心できた。

「蒼井先生にはなんて説明しましょう?」

「そのままを報告するよ。あの人は隠してもわかってしまうだろうし、協力者として隠す必要もないからね」

 呉さんから言ってくれるようで助かった。こういう説明は苦手だった。

 誰かを悪者にしているような。自分を正当化しているような。被害者からの説明は、主観要素が混じってしまう。

「あと、今回の件に関しては、それなりの賠償はさせてもらうからね。治療費及び慰謝料をきちんと請求するように」

「治療費だけで……」

「家まで入られてたようだしね。許しては駄目だよ。君が請求しないなら、俺が相当額を請求しておくから」

 呉さんの厳しい指摘に、頷くことで答えた。

 僕だけの判断で済ませてはいけない。あの監視は、慰謝料を請求するに値する行為だったんだ。

 それなら、呉さんに任せよう。

「じゃあ、帰ろうか。送っていくよ」

「はい。有難うございます」

 全部引っくるめて深くお辞儀をして礼を言うと、呉さんは無表情を苦笑に変えた。

 可笑しいことを言ったかな。

「今回君は被害者だろう。警察を悪く言っても良いのに」

「いえ、最初は幽霊かな、と思っていたので、被害者とは思えないんです」

「幽霊、か。確かに、四六時中付き纏う視線は似ているかも」

 呉さんは金属の箱を乱暴に振った。

 カシャカシャ音がするから、その中には確かに何かが入っている。

 見えない何か。監視する見えないモノ。

 ホラーは現実感を伴って、正体不明のままに解決した。

「あ、今度ソレを僕の周りで見かけたら、叩き潰しますから」

 全部解決した後に考えてみると、僕は何も悪くない。なら、次からは容赦なく排除する。

 そう言うと、呉さんは笑い声を押し殺して満面の笑みで頷いた。

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