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憑依探偵  作者: 赫夜
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第三章前編

 剣道部の部費が盗まれるという事件が起きてから一週間くらいが経ったある日の放課後、昔のことを思い出していた僕は部室のソファーに座って小説を読んでいる峰藤に話かけた。

「そういえば。峰藤君、友達はできたかい?」

 その問いに彼女はおずおずと本から顔を上げて答えた。

「えっ……その、いいえ。か、変わり者の先輩と一緒にいるせいか、友達と呼べる人はまだ」

「うん? なんだか僕のせいみたいな言い方だね」

 僕が変わり者とは、まったくもって心外だよ。

「そのつもりで言ったんですけど」

「ふむ。それは大した責任転嫁だね。僕は君のコミュ力の低さにも問題があると思うんだけど」

 僕もあまり人のことを言えないけどね。

「……くっ」

 峰藤は分が悪いと思ったのか視線をあちこちに彷徨わせてから、たった今思い出したかのように話を変えてきた。

「え、えっと……ああそうだ、アレのことは調べなくていいんですか」

 わざとらしいにも程があるけど、仕方ない今回は見逃してあげよう。一応先輩だしね。

「ん? あぁ、アレかい」

 アレというのは、つい二日前に学校で起きた事件のことだ。内容は放課後に一人の女子生徒――名前は浅井知子――が屋上から飛び降りた、というものだった。

幸いなことに落ちた場所が芝生の上だったこともあり、特に外傷もなく命に別状はなかった。だが、頭を打ったのかいまだ昏睡状態らしい。

なんでも制服の背中部分が不自然にほつれていたって話だな、どうしてなのかはわからないけど。

「調べないよ」

 僕はキッパリとそう言った。

「えっ、どうして」

「僕はあくまでも探偵だ。依頼が来ない限り自分からは動けないんだ」

「そう……ですか」

 峰藤は難しい顔をして黙ってしまう。彼女の気持ちがわからないわけではない。しかし、探偵とはそういうものなのだ。

「……なんだか、外の空気が吸いたくなったな。中庭へ散歩にでも行かないかい」

 陰気臭い空気はあまり好きじゃない。気分転換も兼ねて峰藤も誘ってみることにした。

「……」

 彼女は無言で小さく頷いた。


 この学校の中庭は周りを校舎に囲まれ、上から見たら口の形をしている場所だ。そこは多くの木々が植わっていて、中央には大きな噴水があり大きなコイが何匹か泳いでいる。その周りにはいくつかベンチが設置されており、僕たちはその中のちょうど木の影になっているところに腰をかけた。

「やっぱり外の空気は美味しいね、峰藤君」

「……そうですね」

「こう暖かいと眠くなってくるね、峰藤君」

「……そうですね」

 困ったことに、会話が全然弾まない。峰藤はずっと上の空の様子で、おそらくさっき僕が言ったことを気にしているんだろう。

 僕も昔はそのことで何度も悩んだよ、どうして探偵は自分から動くことは出来ないのかって、悩んで悩んで、その結果が今の僕だ。この答えが正しかったのかは今でもわからないまま。だから僕から峰藤に言えることは何もないんだ。

 けどこのままっていうのもなぁ……。

 どうしたものかと考えを巡らせていると、突然峰藤が声をあげた。

「あっ……」

「急にどうしたんだい」

「声がする」

「声?」

 よく耳を澄ませてみると、微かだが確かに「にゃーお、にゃーお」という声が聞こえた。

「これは……猫?」

「あっちです」

 そう言うと峰藤は声のした方へ駆けていってしまい、僕は慌てて追いかけた。

「先輩」

 彼女は草の茂みに座り込んでいた。足元を見ると一匹の猫が腹を見せ、気持ちよさそうに寝転んでいた。

「この猫君がさっきの声の主かい」

「はい」

「それにしても驚いたよ。急に君が駆けていくんだもの」

 まったく、動物のこととなると周りが見えなくなるんだから困る。

「すいません。でも、呼んでいたから」

「呼んでいた?どういうことだい」

 僕がそう聞くと、峰藤はさっきまで上の空だったのが嘘のように、僕のことを希望の光が灯った瞳で真っ直ぐに見据え、こう言った。

「この猫さんからの依頼です。『真実を見つけてほしい』と」

 中庭にいた猫は、飛び降りをした浅井知子と親しかったらしい。猫の話では、彼女はいつも昼休み一人で中庭で食事をしていて、よくおこぼれを貰ったり話を聞いたりしていたとのことだ。

「それにしても、まさか猫から依頼をされるとはね。こんなこと初めてだよ」

「でも、受けるんですよね」

「まぁね、依頼は依頼だ。きちんとやらせともらうよ」

 僕がそう言うと、峰藤はクスッと笑った。

「よかったですね。事件を調査する口実ができて」

「なんのことかな」

 とぼけてみせたが、彼女が言ったことは図星だった。それを隠すため早口で言葉を続けた。

「それじゃあ、明日から自殺と他殺の両方を考慮して情報収集を始めようか」


 翌日の昼休み、僕は峰藤を連れて校舎二階中央に位置する、とある二年の教室の前に来ていた。

「ここは?」

「浅井さんのクラスだよ。まずは彼女の交友関係を調べようと思ってね」

「なるほど」

 教室のドアを開け中に入る。昼休みなので生徒たちは談笑を交えながら弁当をひろげていた。何人かはこちらの存在に気づいて不思議そうな顔をしていた。僕と峰藤は教壇の前に行き、クラスの人たちに聞こえるように質問をした。

「この中に浅井知子さんと親交があった人はいないかな?少し話を聞きたいんだ」

 僕がそう言うとクラスが一瞬静まり返ったが、その中で一人だけ反応を見せた人物がいた。

「あの……」

 おずおずといった感じで椅子から立ち上がりこちらを見つめている女子生徒は、背中につくぐらいの長い黒髪をまっすぐに流し、前髪をピンで斜めに止めた、良く言えば清楚、悪く言えば平凡な印象を持つ生徒だった。

「君は?」

「岸田愛、といいます」

 しかし僕には、彼女の瞳の奥に何か強い思いを秘めているような気がしてならなかった。


 僕たちは先程座っていた中庭のベンチに戻り、そこで話を聞くことにした。

「僕は探偵部部長の佐伯月臣。で、こっちが助手の峰藤由穂君だ。よろしく」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 僕たちの簡単な自己紹介に律儀にも深々とお辞儀をして応える岸田。

 そんな彼女に感心しながらも、さっそく本題に入ることにした。

「単刀直入に聞くけど、君と浅井さんの関係は?」

「私と知子は小学校からの幼馴染で親友でした」

 あれ……?

 なにか小さな違和感のようなものを感じた気がしたんだけどな。結局その正体はわからなかった。

 とりあえず話を聞くことを優先しよう。

「親友、ということは彼女のことはよく知っているはずだね」

「そうですね、だいたいのことなら」

「それじゃあ。まず、彼女はどんな人物なんだい」

「えっと、知子は友達思いで正義感が強くて、曲がったことが嫌いな性格です。そのせいで、クラスの不良グループとよく言い争いをしたりしていました」

 絵に描いたような優等生っぷりだね。その分なにかと敵は多そうだけどね。

「ふむ。その不良グループというのは」

「川上、本場、津根っていう男子三人組みのことです」

 その三人組には後で話を聞きに行ってみるか。

「浅井さんが学校で普段どんな生活をしていたのか教えてくれないかい」

「至って普通ですけど……。あっ、そういえば知子が昼休み猫に話しかけているのを見たって、友達が言ってました」

 おそらくその猫というのは僕たちに依頼をした猫のことだろう。なにを話していたのかは後であの猫に聞いてみることにして。

「他にはなにかあるかい、彼女が飛び降りる前に言っていたこととか」

「……い、いえ。特には、なにも」

 なんだか急に歯切れが悪くなったな。なにか隠しているのだろうか。……ふむ。まぁ今考えても仕方ない。

「ちなみに、君は二日前の放課後はどこにいたのかな」

「えっと、その日はタカノ屋でお菓子を買ってから帰りました」

「それを証明する人はいるかい」

「いえ、一人だったので」

 タカノ屋か、あそこの店主はボケてるからな。またあいつに頼るしかないか。

「岸田さん、ハンカチとか持っているかな?」

「持ってますけど」

「少しの間貸してくれないかい」

「いいですけど、なにに使うんですか」

「ちょっとね。まぁ質問はこんなところかな、協力ありがとう」

 僕は岸田からハンカチを受け取り、礼を言った。

「あ、はい」

「それじゃ、岸田さんまたなにかあったら話を聞かせてもらうよ」

 僕はそう言って中庭をあとにした。


「次は不良グループをあたってみようか」

「上川、本場、津根の三人ですね」

 聞くところによれば、その不良三人組みは体育館裏にいるはずだ。

 僕たちは中庭から渡り廊下の下をくぐり外側に出てから、目の前にある体育館の脇を通って、日当たりが悪く舗装もなにもされていない体育館裏の砂利道へと足を踏み入れた。

「えっと、確かここの辺りに……あ、いました」

 峰藤が指をさした方向には見るからに不良だとわかる、腰までずり下がったズボンに、Yシャツの中の派手なTシャツを着て、髪を明るく染め上げた男子生徒が三人座り込んでいた。

「君たちが川上君、本場君、津根君だね」

 僕は彼らに近づき、さっき話に聞いた三人組なのか確かめるために話しかけた。

 すると一人が眉間にシワを寄せたしかめっ面でこちらを振り向いた。

「あぁん、誰だてめぇは」

「僕は探偵。浅井さんの飛び降り事件について調べていてね。君たちに話を聞きたいんだ」

「なんで俺たちなんだよ」

「ある人から、君たちと浅井さんの仲があまりよろしくないと聞いてね」

「フン、俺らを疑ってるってわけか。……まぁいい話してやるよ」

 三人のうちの一人、真夏にずっと裸で太陽の下にいたようなこんがり焼けている褐色肌に、とこどころ地の黒色が混じった鈍い金髪、そして両耳にはシルバーのピアスが二つずつ付いていて、不良というかチャラい印象を与える男子生徒が僕たちの前に出てきて言った。

「はじめに言っとくが、俺らはなんもしちゃいねぇよ。というか、逆にショックを受けてるくらいなんだ」

 その言葉どおり、彼の表情にはどことなく影が掛かったような暗さがあった。

「どういうことだい」

「確かに俺たちは浅井といつも口論していたさ。けど、別に浅井のことが嫌いな訳じゃないんだよ」

 嫌いではない……? 

「あれは、なんつーか、俺たちにとって挨拶代わりみたいもんなんだ。浅井は俺たちみたいのにも真正面からぶつかって来てくれる。普通は皆俺たちを避けるのに。それが嬉しかったんだよ。だけど俺たちは素直に仲良くなろうぜ、なんて恥ずくて言えないからな。口論って形じゃないと言葉を交わせなかったんだよ」

 彼の言葉に他の二人も同じだとでも言うように深く頷く。

「そうだったのか……」

「だからアイツが飛び降りしたって聞いて、マジで信じられなかったぜ……」

 歯ぎしりがするほど奥歯を噛み締めながら言う。この雰囲気はどうも嘘を言っている感じではなさそうだ。

「最後に。君たちは二日前の放課後、なにをしていたんだい」

「俺たちは他校のダチとゲーセンで遊んでたよ。店員とかも覚えているはずだぜ」

 僕は「協力ありがとう」と一言礼を言って、体育館裏を後にした。


 それから僕たちはまた中庭に来た。

 もう浅井の姿はなく、おそらく教室へ戻ってしまったのだろうと当たり前のことを考えていると、峰藤が神妙な面持ちで僕に声をかけてきた。

「あの三人はどうですかね」

「ふむ、おそらく彼らは白だろう」

「なぜですか。だって彼らは不良なんですよ。そのまま言葉を信じていいんですか」

 僕の言葉に峰藤は食い気味に答えた。

 どうも彼女には不良=悪いというイメージが強いみたいだな。

「まぁ普通はそうやって疑うものだけど、実を言うと僕は不良にそれほど悪い印象を持っていないんだよ」

「えっ?」

 言っていることが理解できないというように声を上げる峰藤。僕は彼女に自分の考えを伝えることにした。

「この世の中は理不尽や不条理の塊だと思うんだ。だいたいの人間は皆そのことを知っていて、仕方ないと割りきって生きている。だけど、一部の不器用な人たちは心根が純粋なゆえに反発し、孤立し、周りから白い目で見られてしまう。それが不良なんじゃないかな」

「どうなんでしょう……、私には少し難しいです」

 確かに不良に良いイメージが無い人には理解しがたい考えだろうが、不良にも不良である理由が存在すると思うんだ。

「まぁみんながみんなそういう訳じゃないことはわかっているつもりだよ。だけど少なくとも、あの三人はそれほど悪いやつには見えなかった」

 あの派手なTシャツやら茶髪やらの格好を除けばだけど。

 それに自分も世間から見たら不良とは言わないまでも、善良とは言いがたいだろうし。

「なにより浅井さんも彼らのことを嫌っていたわけじゃないみたいだったし。あくまでも彼らの話を信じるならば、ね」

「でもそうなると、一体誰が? それとも本当に自殺だったり……?」

「今は情報が足りない。もう一度猫君に話を聞きに行こう。なにか新しいことがわかるかも知れない」

 まだ昼休み、中庭を探せばどこかに猫がいるはずだ。

 そうして探すこと数分、案外簡単に見つけることができた。猫は日当たりの良い噴水の近くでひなたぼっこをしていた。峰藤は猫の近くに屈みこんで話しかけた。

「猫さん、少し浅井さんのことで話を聞かせてもらえませんか」

 そう言うと猫は眠そうに、にゃーと鳴いて応えた。

「ありがとうございます」

 どうやらオーケーみたいだな。

「先輩、猫さんに何を聞くんですか」

「浅井さんが飛び降りする前の出来事で覚えていることはないか聞いてくれ」

 峰藤は「わかりました」と言うと、また猫に話しかけた。

「猫さん、飛び降りする前の浅井さんについてなにか知りませんか」

 それから猫のにゃーにゃーという声と、峰藤のふむふむというやりとりが何度か続いた。

 本人たちは真面目に話をしているんだとわかっているんだけど、見ている側からするとなんだか和むな、この光景。

 すると突然、そのまったりムードをぶち壊すように峰藤は声をあげた。

「えっ、それは本当ですかっ!」

 彼女の声に向かい合っていた猫も身体をビクッとさせ驚いている。

「どうしたんだい、峰藤君」

「それが――」

 峰藤が猫から聞いた話はこうだ。

 浅井が飛び降りをする一週間ぐらい前、彼女は三年生の男子から告白をされていたらしい。その男子生徒はサッカー部の部長で、この学校では結構名の知れている人物だった。

 しかし、彼女はその告白をなぜか断った。そして、この話を知っているのは当の本人たちを除いてこの猫とあと一人だけ、ということ。

「告白をした男子生徒、告白を断った理由、この話を知っているもう一人の人物。この三つがポイントみたいだね」

「ですね。男子生徒には話を聞きに行けばいいとして、残り二つはどうしましょう」

「いや、この話を知っている人物の目星はついてる」

 浅井さんが話すとしたら彼女が信頼を置いているあの人以外考えられない。しかし、どうしてあの人はこのことを話してくれなかったんだろう。

 話せない理由でもあったのか、それとも僕に聞かれてはマズイことだったのか……。

「先輩、どうかしたんですか?」

 峰藤は心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

「いやなんでもないよ。そうだ、僕も少し猫君の記憶を覗かせてもらおうかな」

 手のひらを猫の頭の上に置き意識を集中していく。

すると次第に映像が頭の中に流れてくる。そこに映しだされていたのは、猫にむかって楽しげに話かけている浅井の姿だった。その話の内容は――。

 そっと手のひらを離す。

「ふぅ」

 そういうことだったのか。しかし、これだけでは……。

「なにかわかりましたか」

「いや、今のところ有益そうな情報は見えなかったよ。ふむ、もうそろそろ昼休みは終わるから、三年の男子生徒に話を聞きに行くのは放課後にしよう」

「わかりました」

 どうもまだまだ確かめなければならないことがありそうだ。


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