第一章後編
「犯人は……あなただ」
ゆっくりと上げた人差し指の先にいるのは、剣道部の部長である高松。彼女は俯いていてその表情を読み取ることはできない。黙ったままの彼女の代わりに声をあげたのは、副部長の陣堂だった。
「ちょっと待ってください!部長が犯人のはずがありません。だってあの時、先輩はカギを持っていなかったですし、なにより動機がありませんよ!」
陣堂は僕に噛みつかんばかりにドンッと一歩踏み出し、まくし立てた。
「そうだね。僕も最初はそう思っていたよ。部室のカギが盗まれたのでもなく、失くしたのでもないと知るまではね」
「えっ、カギが盗まれたのでも、失くしたのでもない?それじゃカギはどこに……」
「簡単なことさ、高松さんが自分で持っていたんだよ。つまり、すべて自作自演ってことさ」
「……!?」
驚きのあまりに陣堂は言葉を失っているようだった。僕はさらに言葉を続けた。
「そして、そのカギをタカノ屋に持って行き、もう一本カギを造ったんだ」
「そ、そんな……、でも部長には動機が、なにより証拠がないじゃないですか」
なおも食い下がる陣堂。
「それがいたんだよ。高松さんがタカノ屋に来ているのを目撃した奴がね」
僕は確かに見た。ゴン太の記憶の中で高松が竹刀のキーホルダーが付いたカギを持っているのを。
「そ、そんな……。でもなぜ部長がこんなことを……」
「それは彼女の口から聞こうじゃないか」
僕がそう言うと皆の視線が高松に集まる。彼女は俯いていた顔を上げると、震えた声でポツポツと呟くように話始めた。
「私のお父さんがM社に勤めていたのは知っているでしょう。私の家は少しだけ裕福で、ずっとそんな生活が続くと思っていた。でもね、ある日お父さんが帰ってきて、私とお母さんにこう言ったの。『会社……クビになった』ってね。すごいショックを受けたわ。クビに対してじゃなくて、その時のお父さん絶望しきった表情を見てね。それで、どうにかしてお父さんを助けられないかって考えて。それで、それで私……」
しかし、その言葉の続きは彼女のすすり泣く声と嗚咽で遮られ、最後まで聞くことはできなかった。
今朝の新聞にはM社の大規模なリストラを行ったと書かれていた。おそらく高松の父親もそのうち一人だったのだろう。
「もう……いいですよ、部長」
陣堂が泣きそうな声で言った。
「そんな弱々しい部長なんか見たくありません。部長はもっと気が強くて、プライドが高くて、だけど皆のことを引っ張ってくれる、そんな人なんですっ」
「……そう……よね、こんなの私らしくないわよね」
吹っ切れたようにそう言うと制服の袖で涙を拭い、高松は肩から下げていたバッグから一つの茶封筒を取り出した。
「部長、それって……」
「私が盗んだ部費よ。実は、お父さんにコレを見せたら怒られてね。今日返そうと思っていたの」
高松は渡邉先生に向かい合い、
「先生、ご迷惑をかけてすいませんでした」
と言うと、深々と頭を下げた。
しかし、そんな高松の態度とは対照的に、顧問の渡邉先生はニヤニヤしながらこう言った。
「いやいや、部費はきちんと戻ってきたんだ。済んだことは気にしなくていい。それに今は機嫌が良いんだ」
ずっと黙っていた峰藤があの、とおずおず手を挙げた。
「どうして先生はさっきから顔がニヤついているんですか」
渡邉先生は待ってましたとばかりに、バッと峰藤の方を振り返る。
「よくぞ聞いてくれた。実は、この前の会議の時に妻が入院している病院から電話があってな、産まれたんだよ。赤ちゃんが!」
思わず会議を抜けだしてしまったよ、と本当に嬉しそうに話す渡邉先生。
「だから今回のことは大目に見よう。だがまぁ反省文くらいは覚悟しとけよ、高松」
「……はいっ!」
「よかったですね、部長!」
まぁこれで一件落着ってことかな。