第1章前編
季節は夏から秋へと移り変わり、日の短さに一抹の寂しさを憶えるある日の放課後。
西日が武道場の丹念に磨かれた床に反射し室内をオレンジ色に染め。
開けっぱなしの窓からは紅く色づき始めたモミジが、時折吹く風に揺られヒラヒラと葉を舞落とす姿が見えた。
その一室に五人の人間が集まっていた。
壁際には右から剣道部部長の高松と副部長の陣堂、顧問の渡邉先生が順番に並んでいる。
高松は顔を俯かせ表情が読めず、陣堂はなにか思いつめたように険しい表情をしている。そして、なぜか渡邉先生はニヤついていた。
その正面には僕と、緊張からかわずかに表情がこわばっている助手が、三人に向かい合うような形で立っている。
僕は彼らの顔を順番に眺めてから、その中の一人をゆっくりと指さし、こう言った。
「犯人は……あなただ」
数日前、ここで部費が盗まれるという事件が起きた。
武道場は剣道部の部室も兼用していて、部費を保管する金庫が置かれていた。その日、部員の一人が荷物を置くため部室に入ると、金庫の扉が開け放たれているのを発見し、中を確認すると部費は無くなっていた。
その話は僕の耳にも届き、予想通りまもなくして仕事の依頼がやって来た。
僕は二つ返事で了解した。
その日の放課後から、僕たちは早速情報収集を始めた。そこから浮かび上がってきた容疑者は三人。
剣道部部長の高松実乃梨と副部長の陣堂武、そして顧問の渡邉先生。理由は金庫の暗証番号を知っているのも、武道場のカギを使えるのもこの三人しかいない、ということ。
僕は改めて今までの情報を整理するために助手の峰藤由穂に声をかけた。
「峰藤君。犯行の数日前から犯行当日かけての主な出来事を簡単にまとめてみようか」
彼女は制服の内ポケットから手帳を取り出すと、僕が指示して集めてきてもらった情報を述べていく。
「えっと、事件の三日前に武道場のカギが紛失するということがあって、まぁその二日後には無事見つかったらしいです。カギに剣道部のだとわかるように、竹刀のキーホルダーが付けていたのが幸いしたようですね」
「カギが無い間はどうしていたんだ?」
「渡邉先生が持っているスペアのカギを使っていたみたいです」
ということは、カギはスペアを含め二つあるのか。
「それじゃ、カギはどうして失くなったんだ?盗まれたとか?」
「それはなんとも。三日前の放課後、部長の高松さんは、カギの入ったバックを教室に置き忘れてしまい急いで教室に取りに戻り、武道場に向かう途中で生徒とぶつかって、バックの中身を派手にブチまけたらしいんですよ」
「その時に失くしてしまった、と」
「はい、そうゆうことになります」
と、峰藤は深く頷いた。
ふむ。これだと盗まれたのか、ただ単に失くしたのか、どちらの可能性も捨て切れないな。しかし、盗まれたとしてもカギは結果的に戻ってきている、なぜだ。
ただ単に失くしたのだったら、部費が盗まれた事件とはあまり関係性がないと考えられるんだが。
「事件が起きた時の三人の行動は?」
「高松さんは部活が終わった後すぐに帰宅。陣堂さんはカギ当番だったので、最後に武道場を出て職員室にカギを戻してから帰宅。渡邉先生は会議があったらしいんですけど、途中で抜けていたみたいです」
犯行が可能そうなのは陣堂か。でも先生も怪しいな、なぜ会議を途中で抜け出したのだろう……。他の先生方の話によると、最近の渡邉先生は落ち着きがなかった、って言うし。
「最後に、三人それぞれの家庭環境についてはどうだった?」
「プライバシーの問題があるんで詳しいことは聞けませんでしたけど。渡邉先生は数年前に結婚していて奥さんとの二人暮らし、高松さんの家は父親があの有名なМ社に勤めていて結構裕福みたいです。陣堂さんは兄弟が多いらしくてあまり家に余裕はない、とのことです」
М社? 確かその会社って今朝新聞で……ふむ。
まぁこれでだいたいのことはわかったかな。
「あ、そうだ峰藤君。例のモノ、預かってきてくれたかな」
「ええ、まぁ。でも先輩、コレってなにに使うんですか?」
例のモノを指でつまんで僕に見せながら聞いてくる峰藤。
「んー、保険ってところかな。もしかしたら意外な事実が明らかになるかもね」
峰藤はしばらく釈然としないといった感じだったが、諦めたようにそうですかと言うと手帳を閉じてポケットにしまい、腕を組んで黙りこんでしまった。
「そんな拗ねないでくれ峰藤君。そうだ、この後暇なら付き合ってほしい所があるんだけど」
「……」
「ついて来れば、僕が何をしようとしているのかわかるかもしれないよ。それに君の力が必要なんだ」
部屋を出るためドアノブに手を掛けて開けながら僕がそう言うと、
「……ッ。わかりましたよ、行けばいいんでしょう、行けばっ」
と峰藤は語尾を荒げて言いった。そして、肩で風を切るようにズンズンと歩き出し、僕のことを追い抜いて先に部屋を出て行ってしまった。
あれ、行き先は知っているのか……?
その後、慌てて峰藤を追いかけ興奮気味だった彼女を宥めながらやって来たのは、学校から少し歩いたところにある、昔ながらの味を感じさせる木造建築の小さな店。放課後だからか、ちらほらとウチの生徒の姿が見られた。
「先輩、ここは……?」
「ここは、『タカノ屋』一言で言えば鍵屋兼駄菓子屋ってところかな。君はまだ一年生だから知らないかもしれないけど、ウチの学校の生徒の間では結構人気があるんだよ」
「へぇ、そうなんですか。でも、ここが事件に関係があるんですか?」
峰藤は物珍しそうにタカノ屋の塗装の剥げかけた外装や、そこに貼り付けてある色褪せた昔のポスターなどを眺めながら言った。
「いや、それはまだわからない」
「わからないって……」
「だから、それを今確かめるんだよ」
僕はそう言って、店の脇にある細い道を通り店の裏手にまわる。
「あれっ、入り口って向こうじゃ」
「まぁそうなんだけど、今回用があるのは……」
そこには、人が一人ギリギリ入れるくらいの木製の小屋があった。その中からは、匂いを嗅ぎつけたのか、白い毛がフサフサした大きな犬が出てきた。その犬はこちらの姿を見つけると、嬉しそうに尻尾を振って吠えはじめた。
「ウォン、ウォン」
「こいつだよ。名前はゴン太」
「……ああ、そういうことですか」
峰藤はやっと自分が連れて来られた意味が理解できた、というように胸の前で腕を組んで深くうなずいた。
「でも、なんでこの子に?お店の方にいけば人が居るはずです」
「まぁね。でも、ここの店主はだいぶ年配の方でね、ボケが酷くて人の顔をすぐに忘れてしまうんだよ」
「はあ……」
「それに比べてゴン太は頭が良くてね、誰に教えられたわけでもないのに色々な芸ができたりするんだ。人の顔や匂いを覚えるなんて朝飯前だよ」
「そこで例のモノを使うですね」
「そうゆうこと。それじゃ峰藤君、頼んだよ」
峰藤はわかりましたというと、例のモノ――容疑者である三人の私物、ハンカチやタオルといったものと、三人の顔写真――を取り出してから、ゴン太の前に座り『話しかけた』。
「ゴン太、この中で最近ここに来た人はいますか?」
「ウォン」
「え?この人の匂いは知っている?」
「ウォン、ウォン」
「その人がいつ来たか覚えていますか?」
「ウォウォン」
普通の人から見たら、女の子が犬に話しかけているという微笑ましい光景なのだが、本人はいたって真面目な顔をしているので、峰藤の周りだけが世界から切り取られたように異様な雰囲気が漂っていた。
そう、彼女は動物と『対話』をすることができるのだ。
「だそうですよ。次は先輩の仕事です」
「そうだね」
僕はそう言うと、峰藤と入れ替わるようにゴン太の前に座るとゴン太の頭に手のひらをあてる。
「ゴン太の記憶、見せてもらうよ」
そして、僕にも不思議な力がある。まぁ詳しいことはまた後で説明するとしよう。
「助かりました。協力感謝です、ゴン太」
峰藤はお礼を言うといつもの無表情の顔には珍しくやさしい笑顔を浮かべながら、ゴン太の頭をワシャワシャと撫でた。
「でも先輩、なぜここに三人の中の誰かが来ていたとわかったんですか?」
しかし、その笑顔は僕の方を振り返ると同時に仮面の下へ隠れてしまう。
「勘だよ。カギが失くなってから、見つかるまで一日空いていたんだ。犯人がその間で何か細工しているんじゃないかと考えるのは当たり前だろう」
さすがにこんな簡単に事件のカギが見つかるとは思っていなかったけど、これもゴン太のおかげかな。後でビーフジャーキーでも持ってきてあげよう。
「まぁ、これで犯人はほぼ確定したし、今日のところは帰ろうか。明日の放課後、みなさんに武道場に集まってもらおう。峰藤君、連絡よろしく」
「あ、はい。わかりました」
そして場面は冒頭に戻る。