第六話 休息期
東京陥落。その知らせは北半球を雷鳴のように駆け巡った。
合衆国大統領はただちに空母打撃群を派遣し、これを撃退しようとした。しかし、一度南アメリカで苦汁を味わっていた米国の国内世論は、空母不派遣、モンロー主義に走った。
核の効かない天使相手にどれだけの善戦ができるものだろうか? 空母の居ない隙を狙われて再びアメリカ大陸に上陸されたなら一体どうするつもりか?
「米軍はあくまでアメリカ国民を守るべし」非情であると知りつつも、彼らは日本を見捨てることを選択したのである。
自衛隊東京地方協力本部の残存兵力はあまりにも少なく、9mm純銀爆裂弾の配備は沖縄に偏っていた。いまから沖縄の兵力を関東に移動させ、天使を太平洋に叩き落すという計画は、物理的に不可能とまでは言わずとも政治的には夢物語のように思われた。(東京が陥ちた今、下手に刺激すれば、沖縄は琉球王国として独立を試みるだろう)
僅かな救いは、東京を完全に制圧したところで天使たちの動きが鈍り、休息モードに入ったという知らせであった。再度活動が活発になる数ヵ月先まで、周囲への本格的侵攻は無いであろう。四大軍閥、稲城、水城、焔城、黒城の下した結論はこうである。
これから数ヵ月の間に、9mm純銀爆裂弾を重点的に生産、配備。天使の活動を封じ込めるように自衛隊予備兵力を配置し、東京から一歩も外に出さぬようにする。対外的に、天使が外部に移動できないことを周知徹底した上で、米軍に支援を求め、これを包囲殲滅する。
天使の活動期に天使を封じ込める。空を飛ぶ無数のケルビム級の前で、それは土台無茶な計画であったが、しかしそれしか方法が無いという結論が下された。艦艇用近接防御火器システム(CIWS)ファランクスを地上で運用するという、抱腹絶倒のプランまで考案、検討されたのである。
無論、東京陥落の様子は実況中継され、栃木県宇都宮市にも届いていた。
陸上自衛隊宇都宮駐屯地では、陛下が那須に移動されたことを受け、県中央部に絶対防衛ラインを敷くことが決定された。自衛官が宇都宮軍学校に招集され、配置される。だが、9mm純銀爆裂弾の配備は遅れていた。
「こうなることが事前に分かっていれば、もっと多くの銀を空輸してきたのだが……」稲城イナバは歯噛みする。
「いや、お前はよくやったよ。話は親父から聞いた。V-22オスプレイにまとわりつく天使どもを撃ち墜としたんだろ?」焔城ユウは慰めの言葉を掛ける。
「まさか私たちの学校が前線になるなんて……」ショートカットにした水城リナは言葉も出ない。
交渉の結果、約半数の9mm純銀爆裂弾を自衛隊に貸し出すこと、軍学校の施設を自衛隊に一時貸与することで合意が取れた。タダであげるわけではない。貸すだけである。代わりに午前中の訓練に混ぜてもらうことになった。
対天使人型決戦兵器「武尊」二体については、まだ戦闘データが取れていない実験機ということで、引渡しを拒否した。さすがに軍事機密の塊を差し出すほど、稲城は馬鹿ではない。
しかし、稲城家の上層部は、今回の件は人型兵器のパフォーマンスの場としては悪くないと判断したようだった。武尊は、大衆の前で遂に起動され、校庭を歩いた。その足取りは、悪魔のようにしなやかであり、軽く速度を上げると、たちまち自衛隊の連中を追い抜いた。その背には、銀の刃を持つ大剣、草薙が鈍く光っていた。