第五話 東京陥落
天使たちの巨大な空中空母であるセラフ級の危険性はさまざまであるが、最も性質が悪いのは、この脅威がレーダーに映らないという点である。
このせいで、オーストラリア軍は、メルボルンに上陸されるまでの間、天使たちの攻撃を全く予期できなかった。
その後の撤退戦は人類史に残る大敗戦だった。メルボルンに続き、アデレード、キャンベラ、そしてシドニーが戦場になった。
天使たちの持つ結界はあらゆる物理攻撃を弾き、ケルビム級の剣はゆっくりと確実に戦車を潰し航空機を墜としていった。雑多な小火器で応戦する兵士たちは、その剣で切り裂かれた。
対空能力を失った後には、オファニム級の砲撃でやられる者たちもいた。押し寄せるケルビム級に蹂躙された都市に比べれば、彼らはまだマシだったのかもしれない。
しかし天使たちの進軍は遅々としていた。休息用の真水が不足していたからである。天使たちは補給を一切必要としなかったが、水だけは別だった。無人偵察機が送ってきた情報によれば、天使たちは水源の周りでの休息を必要としていた。そして数ヵ月後、天使たちは再び進軍した。
オーストラリア陥落の後、天使たちの南アメリカ(アルゼンチン)上陸は、米軍による介入によって阻止された。この戦いでは核が使用されたが――天使たちはそれでも進軍し続けた。天使たちの持つ対物理障壁「結界」の存在が明らかになると、米軍は競うようにして有効打となる戦法を探し始めた。
対策はわりとあっさり見つかった。純銀弾頭を用いれば、結界は無効化できたのである。銀によって頭部を打ち抜くと、天使たちは他の動物と同じように死んだ。この事実により、銀相場はたちまち暴騰した。銀は再び、金より高価な金属になったのである。
そして次はインドネシア、フィリピン、沖縄の順だろうと噂されていた。沖縄には稲城が生産、配備した十分な戦力、9mm純銀爆裂弾がある。問題は何も無いはずであった。
だが誰も想定していない侵攻ルートがあった。太平洋上空である。セラフ級は高度を自在に変えて飛ぶことができた。そして、雲の中で真水をかき集めることができた。十分な時間をかけて水を蓄えれば、超長距離の遠征も不可能なことではなかったのである。
だから、天使の東京上陸が起こったとき、ある者は第二次大戦中に計画されたコロネット作戦を想起し、ある者はついに見て見ぬふりをしてきた最悪の事態が起こったことを悟った。
自衛隊は無駄弾だと知りながら通常兵器での抵抗と、住民の避難誘導を行った。とはいえ一千三百万人を超える人口の全てが天使から逃れられるはずはなかった。電車は止まり、停電が起きた。神奈川、山梨、埼玉、千葉は当初避難民の受け入れを表明したが、天使たちが攻撃の手を緩めないことを知ると、すぐに県境を封鎖するに至った。それでも避難民は殺到した。あきらかにパニック状態であった。
天皇陛下は皇居を離れ、那須の御用邸に退避した。この日、栃木県が、ある意味で日本の最終防衛ラインとなったのである。