第三話 焔城ユウ
昼休み。グラウンドにて。
「何見てんだコラ」髪を赤く染めた170cm 60kgの焔城ユウが稲城イナバに食って掛かる。
否。胸倉を掴んで持ち上げる。軍学校1年生にとって、本来であれば小学生であるイナバの体重24kgは羽のように軽い。
「……猫が好きそうな顔をしているな」「な!?」「猫を好く者は猫に好かれる。稲城家に伝わる家訓だ」「な、何言ってやがる」ユウはイナバを地面に投げ捨てる。イナバは少し土を食った。だがそのくらいは戦場ではよくあることである。
立ち上がりながら、イナバは言う。
「ある世界では、猫は皆別の世界に旅立ったという。だが、この世界にはまだ猫たちがいる。世の中そう捨てたものでもあるまい?」
「はあ!?」
「昨日子猫を拾っただろう。ミールと名付けるといい。世界最後にして最強の猫の名だ」
焔城ユウはぎくりとする。確かに昨日子猫を拾ったのだ。だが、誰にも見られていなかったはずだ。たとえ見られていたとしても、今日転校してきたばかりのこいつにだけは知られているはずはない。
「拾ってなんか……」「猫の匂いがするぞ」
頭にきて、ユウは立ち上がったイナバを右フックで殴る。が、その腕をイナバは左腕でずしりと受け止める。
「猫に胸を張れる生き方をしたいと思ったことは無いか」
「……ッ!!」
「子猫に矜持を分けてやりたいと思ったことは無いか」
「……ッ!!」
「殴りたければ殴れ。だが、子猫がそれをどう思うか考えることだ。血の匂いのする者に、猫はなつかない」
焔城ユウは殴れない。拾った子猫のことが頭を掠める。そういえば名前もまだ決めていない。こんな葛藤は、今まで無かった種類のものだった。
再び、焔城ユウは稲城イナバの胸倉を掴んで持ち上げる。
「言葉遊びで勝ったつもりか?」
「いや、ただ仲間にしたいと思っただけだ」
「仲間だと?」ユウは笑う。
「焔城家は稲城家と同列にはならねえ」
「なるさ。天使の前では、同じ人類だ。それに、アレも届いたことだしな」
「アレってのは何のことだ」
「対天使人型決戦兵器『武尊』二体だ」
地面に放り投げられ、再びイナバは土を食った。
「天使の残骸をツギハギして遊んだ人造人間か。そんな兵器、誰が信頼する?」
「焔城ユウ、君の父にも同じことを言われた」
「親父が……?」
「君もそう思うか。天使製筋繊維をベースに作られた機械など信頼できぬと……」
「親父が否定した兵器だから、その反対に俺が乗るとでも思っているのか?」
「その可能性に賭けて、操縦系統を簡素化した武尊単座式を用意した。気に入らないのなら謝ろう」
沈黙が落ちる。会う前から仲間になる可能性に賭けていた? 馬鹿かこいつは。
「仮に俺がそれに乗るとして、もう一体には誰が乗る?」
「もう一体は複座だ。稲城と水城が乗る。それが財閥の子息に生まれた者の務めだ」
「水城の同意は取ったのか?」「これから取るつもりだ」
三度、イナバは土を食った。
「先に女に頭を下げて来い。俺のところに来るのはそれからだろうが!」




