最終話 世界の中心で核を使ったけもの
Tu-95戦略爆撃機の特別な改修が行われ、運搬されるのはツァーリ・ボンバ。正式名称はAN602。ソビエト連邦時代に開発された人類史上最大の水素爆弾。爆発力は50メガトンを超える。それが、二十機。
その水素爆弾の表面は純銀に覆われている。南極中に銀の嵐を巻き起こし、天使たちを問答無用で大虐殺する。それは人類の、超えてはならない一線をやすやすと越えた、文字通り悪魔の兵器であった。
「天使どもは人類の敵だ!」「Sir! Yes Sir!」「我々はこれより天使どもを抹殺する!!」「Sir! Yes Sir!」「問答無用に、木っ端微塵に、素粒子レベルにまで還元してやる!!」「Sir! Yes Sir!」
各国から選りすぐられた百機の護衛戦闘機が、爆撃機二十機の進路をクリアに保つ。この爆撃は、たった一度のチャンス。失敗すれば二度目は存在しない。
南極大陸には無数の巨大なセラフ級が浮遊していた。
護衛戦闘機の空対艦ミサイルAGM-84 ハープーンが、情け容赦なく進路上のセラフ級を次々と撃墜する。しばらくすると、通信が入った。
「これより水爆を投下する! 護衛戦闘機は各自高度を上げ、散開せよ!!」
上空に退避する護衛戦闘機。そして。Tu-95戦略爆撃機からの、水素爆弾の第一発目の投下が起こった。
嵐の前の静けさが襲った。耳鳴りがする。人類は正しい選択をしたのか? この決断は本当に正しかったのか? 溢れ出る疑問を掻き消すように、イヤープロテクターを突き抜けて、三千世界が震える轟音が響いた。その雷鳴にも似た轟音には、永遠に終わりが無いようだった。
ただ、この航空機の下には、文字通りの意味で灼熱地獄の世界しかない。それだけは確かなことだった。
「第二水爆用意!」
別のTu-95戦略爆撃機から、新たな水素爆弾が投下される。
南極の表面にはきのこ雲が発生し、各国の観測衛星からもその映像が読み取れていた。
「第三、第四水爆用意!」
そこからは繰り返し作業だった。南極を横断し、水爆を落す。衝撃波で機体が揺れるが、それはもはや恒例行事だ。目標は南極の焦土化。天使たちの本拠地の徹底的殲滅である。
今回の作戦が無事成功すれば、第二次、第三次南極空爆が予定されている。天使は地球上から駆逐されるだろう。
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宇都宮軍学校小隊の屋外倉庫。
「これでよかったのだろうか……」衛星通信でその様子を見ながら、稲城イナバ小隊長は苦悶する。
「もし天使にも意思と言葉があったなら、和睦という道も残されていたのだが……」
「しかたがないわよ」水城リナはイナバを慰めた。
「元から共存共栄なんて不可能だったんだもの。結局、どちらが滅ぶまで戦わなくちゃいけなかったわ」
「時には暴力も必要だ」焔城ユウが持論を展開した。
「『人類連合』は天使と戦うために武器を開発する。人間同士でドンパチやるよりはずいぶん平和な世界になるだろうさ」黒城シュンが肯定する。
ミールはにゃーと鳴いた。
天使が居なくなったとしても、世界は平和になるわけではない。相変わらず人は争い、血を流し、悲しみが消えることはない。
それでもおおざっぱに言えば、世界は救われたのだ。
稲城イナバは短い演説する。
「諸君らは戦争の銀の弾丸となった。語り継がれる英雄となった。小隊長として諸君らを誇らしく思う。だがまだ終わりではない。日本が日本として機能し始めるには復興が必要だ。諸君らには、戦後復興という果てしない作業が待っている。
だが今日は笑おう。大いに食らい、大いに飲もう。我々は勝利したのだから!」
お菓子とジュースが大量に用意され、宇都宮軍学校小隊はそれに群がった。
ミールは長い歌を歌った。それは古い古い歌。ひょんなことから、ありうべからざる銀の弾丸を手にした、嘘吐きオッティアの英雄譚。その最後に、人類と天使の戦争の話を付け加えて、ミールは歌を歌い終えた。思兼と武尊は、その歌を聴いて、誇らしげに胸を張っていた。
騒ぎが終わり、朝日が昇る――太陽がこんなに眩しく見えたのは、久しぶりのことだった。
-完-