第二十六話 リセッター仮説
反天使軍最高司令室。薄暗い円卓の中で、稲城イナバは資料を片手に説明する。
文明駆逐者仮説。それによれば、天使は栄えすぎた文明を滅ぼすために現れたのだという。
とはいえ、天使の誕生メカニズムは分かっていない。天使の卵や、成長中の天使などというものは観測されていないし、セラフ級がケルビム級を内部で育成しているなどという実例も上がっていない。そもそも天使はDNAを持たない。従って天使は既存の生物ではない。
天使とは何なのか。何ゆえに天使は現れたのか。
一種の神学論争になりそうなこの問題に、稲城家は一つの結論を導き出していた。
「天使は我々とは全く別の枝を持つ、在来種だったのではないかと考えられる」
「かつての恐竜のように、天使が地球で隆盛を誇っていた時代があったのだろう。それが何らかの理由――隕石の衝突か何か――で後退し、氷のある南極に閉じ込められた。だが、彼らは賢く、しぶとかった。数億年の時を経て、氷が溶け出し、天使たちは満を持して再侵攻を試みた。しかし――そこには高度な文明を手にした人間たちが居た」
「おそらく、天使は増殖しない。あるいはできない。生殖機能はとうの昔に退化し、戦闘能力と結界だけが形になっている。結界さえ無ければ――天使はひどく脆い。我々人類は、必要とあらば天使を完全に駆逐できると、稲城家は考えている」
円卓にざわめきが広がった。
天使を歓迎する福音派はどこにでもいる。この円卓に敗北主義者、裏切り者が混じっていることは稲城家も承知の上だ。
それでも、反攻作戦の最終目標を定めることは重要なことだった。終わらない戦争などというくだらないものに稲城家は最初から興味は無かった。問題は「いかに終わらせるか」だった。
「全ての天使を駆逐して、人類が勝利する。その先にあるものは何だ? さらなる戦争か? クソのような人類同士の戦争か?」ロシア代表が吐き捨てる。
「『人類連合』だ。いずれ再び天使が攻めて来ても反攻できるように、人類は一つにならねばならない」稲城イナバはさらりと告げる。
米国代表が「夢物語だ」と愚痴を零す。中国は「阿呆の戯言だ」と判断する。EU、英国は沈黙している。
稲城イナバは淡々と話を進める。オーストラリアでの9mm純銀爆裂弾の使用と反攻作戦は功を奏している。シドニーを取り返すことも時間の問題だろう。
天使反攻財団(Anti-Angel-Foundation)はその発展版として、オーストラリア産の銀の保有を決定。各拠点に武尊単座式を配備し、銀の効かないドミニオン級の襲来に備える。
「天使の残骸は大量に手に入った。だが武尊を量産するにはカネが必要だ。日本から米軍への謝礼金だけでも数十兆の額が動く。とても稲城家だけでは賄えん。水城、焔城、黒城も同意見だ。我々は防衛あるいは攻勢の為にカネと銀を欲している。天使反攻財団からの拠出を願いたい」
円卓には静けさがあった。
「稲城イナバ小隊長(一等陸尉、二階級特進していた)。なぜお前なのだ? 稲木家党首の稲城マサルは、技術班の稲城ハヤトはなぜこの場に出てこない?」米国代表が苛立つ。
「僕が誰よりも天使について詳しいからです。300体も殺せば相手のことも分かってくる」
「彼らの行動原理は現文明への憎悪に近い」
「それを完膚なきまでに打ち倒すことでこそ、人類の運命は切り開かれるのです」




