第十九話 埼玉強襲 後
時は少し遡る。
「ケルビム級の襲撃は脅威ではない。問題はオファニム級です」
稲城イナバはそう作戦会議の場で主張した。
稲城イナバは続ける。六枚の羽で飛行するケルビム級は、知名度こそ高いが、本質的な脅威ではない。問題は大宮駐屯地や主要街道の要所を射程に収めた敵戦車、オファニム級の砲撃である。これに対応するには対戦車ミサイル、対戦車ヘリによる掃討作戦などが必要となる。が、天使には銀しか効果が無い。
「いまもって大宮駐屯地への砲撃が行われていないことのほうが不思議な状況です。最悪の場合、この強襲作戦が引き金となって駐屯地が壊滅するリスクまである。いったい敵オファニム級は何をしているのか?」
「その通りだ稲城小隊長。オファニム級がいる限り、大宮駐屯地は危険に晒され続けることになる」
士官の発言で、その場に動揺が走る。
「だがオファニム級の展開場所が既に割れているとしたら? 敵がこちらを舐めきっていて、一切移動していないのだとしたら?」
「そんなことはありえない」
「いやありえるのだ。無人偵察機が送ってきた映像がこれだ。これが1日前、これが2日前、これが4日前、これが7日前の静止画像だ」
「……本当に全く動いていないと?」
「ああ、連中は東京まで調子よく攻め上ってきたはいいものの、未だ満足に真水の補給ができていないらしい。休息期の間、比較的小型のケルビム級は別として、天使軍は行動を著しく制限される」
「では今回の作戦は……!」
「そうだ。防衛省は米軍から純銀弾頭に換装した対戦車ミサイル、ロングボウ・ヘルファイアSを大量に調達した。試射も終わり、純銀弾頭対戦車ミサイルは本日を以って宇都宮駐屯地並びに大宮駐屯地に正式配備された。我々はこの新兵器を使って、大宮駐屯地と協力し、敵オファニム級の掃討作戦を行うこととなる」
「すると武尊はケルビム級だけに集中していればよいのですか」
「そういうことだ。我々がオファニム級をアウトレンジ攻撃で撃破するのを、そのGAU-8アベンジャーで援護して欲しいのだ」
「分かりました。妨害のために一体何匹のケルビム級が飛来するのかは分かりませんが、その全てを叩き落とすことを約束しましょう」
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大宮駐屯地付近。合流場所。戦闘中。
「AH-64Dアパッチ・ロングボウからの対戦車ミサイルによるアウトレンジ攻撃は順調に進んでいます」自衛官からの報告が入る。
「幸運なことに、こちらが攻撃をしかけてもオファニム級はほとんど動かず、防御体制を取りません」
「それは重畳」そう言う稲城イナバは地平線を見つめている。
「来るわ」水城リナは呟く。
それは、ぽつ、ぽつと、レーダーに映り始める。雲霞のごとく、計三十体以上のケルビム級が、中空から上空から、あらゆる方位からこちらに向かってきていることがわかる。
「武尊単座式を、『自動迎撃』モードに移行せよ」「武尊単座式、『自動迎撃』モードに移行完了」焔城ユウが応答する。
「武尊複座式は、万一の打ち漏らしが無いように、マニュアルでの撃墜を試みる」
「これで、火力支援機 迦具土、策敵支援機 須久奈が居ればもっと楽なのだが……贅沢は言ってられんか」
開発上の都合で、武尊支援機はまだ宇都宮駐屯地に導入されていない。それが致命傷にならないよう、イナバは祈ることしかできない。
「武尊単座式、射撃を開始」焔城ユウの報告と同時に、視界に次々と爆炎があがる。
30mm純銀爆裂弾はその近接信管により、ケルビム級の結界に触れるか触れないかの位置で爆発する。爆発により銀は周囲に撒き散らされ、その運動量がケルビム級の半身を吹き飛ばす。
「レーダー上にさらに十体のケルビム級が出現!」水城リナが報告する。
「小型のセラフ級による空中放出だろう。距離が近い。マニュアルで撃墜する!」稲城イナバが火器管制を握ると、狙い済ました三点バースト射撃で、押し寄せるケルビム級は次々に墜とされていく。
「……こうも近くで見ると、すさまじいの一言に尽きるな」武尊のすぐ隣、即席の天幕に陣取り、イヤープロテクターをつけた士官が感嘆の声を上げる。
「防衛省が武尊と彼らを引き抜いたのは間違いではなかった。四六時中ケルビム級の脅威に怯えていたことが嘘のようだ」
自衛隊が、敵戦車、オファニム級をあらかた掃討し終わった頃、二体の武尊が持つGAU-8アベンジャーは、計八十二体にも及ぶケルビム級を屠っていた。
だが、それでも勝利の余韻に浸ることはできなかった。
「オファニム級より反撃!」「いまさらか!」自衛官が無線で報告した直後、士官や自衛官は咄嗟に身を伏せる。その2秒後、轟音と共に巨大な土煙が上がり、武尊の周囲に数個の砲弾が落ちた。単座式はなんとかこらえたが、脚部に直撃をくらった武尊複座式は姿勢制御が間に合わず、不自然な形で倒れてしまう。
「報告! 宇都宮軍学校小隊に負傷者多数! 至急、救護班を!」
ゆっくりと起き上がる複座式。だが、そのフレームには、明らかな歪みが生じていた。