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第十八話 埼玉強襲 前

 東の栃木県宇都宮市、西の群馬県前橋市、そして、南の埼玉県さいたま市。これらの地方都市が描く南向きのトライアングルは、人類の反攻作戦において、極めて重要な位置を占めていた。

 関東の地理に詳しくない者のために追記すると、さいたま市北区の大宮駐屯地は、宇都宮駐屯地から71.0kmほど南にある。それだけ東京に、天使たちの実効支配区域に近いということである。

 事実、埼玉県は今では特別緩衝地帯と定められており、民間人には避難命令が出ている。建前上では、残っているのは自衛隊関係者のみであった。

 

 いまのところ、大宮駐屯地と宇都宮駐屯地の連携は確保されている。停止していた列車が有事ダイヤに変更して走り出したため、物資弾薬を輸送する手段には困っていない。ただ、それも天使が本格的に活動を開始するまでの危ない綱渡りにすぎない。

 

 大局的に見て、大宮駐屯地は維持せねばならない。しかしそのためには、周囲に展開する天使軍をいまのうちに排除せねばならない。このジレンマを解決する方法は、全く無いわけでもなかった。

 その答えは、宇都宮軍学校の屋外倉庫に鎮座している、武尊ぶそん二体である。その僅かな戦果は、三人のエースパイロットと、ありうべからざる被害ゼロという事実を伴って、今では自衛隊の中で都市伝説として語られるまでになっている。


 防衛省が稲城いなぎ家に頭を下げてこれを借り、天使軍を強襲、殲滅する。自衛隊のプライドを捨てたこの選択肢も、やむを得ぬことであった。

 

----

 

 これに対する稲城いなぎ家からの回答は単純であった。

 

 複座式は稲城いなぎイナバの身長に合わせてカスタマイズされているため、単体での貸し出しは不可能。また、単座式はあくまで「二体目」として造られた機体であって、それ単体で使われても効果は薄いため、やはり貸し出しは不可能。

 しかし、両方をいっぺんにごっそり貸し出すならばこれを認める。というものであった。

 

 要するにパイロットごと、もっといえばクラスメイトごと部隊に引き抜けと言っているわけである。防衛省はしぶしぶながらこの条件を飲んだ。訓練で基準を満たしている者、あるいは特殊技能を持つ者を、自衛隊に編入する。配備が進まない武尊ぶそん量産型より、いま動く武尊ぶそんのほうが優先されたのである。

 

 これに伴い、宇都宮軍学校の名称は、宇都宮軍学校小隊と改められた。小隊長には当初、水城みずきリナが任命される予定であったが、他に適任者がいるとしてこれを拒否。焔城ほむらぎユウもまた、他に適任者がいるとしてこれを拒否した。

 

 その結果。

 

 稲城いなぎイナバ、小隊長(三等陸尉)、七歳。

 

 これはいうまでもなく、自衛隊にとって前代未聞の最年少小隊長の誕生の瞬間であった。

 

----

 

 宇都宮軍学校。強襲部隊との合流地点。

 

「ずいぶん偉くなりましたな、稲城いなぎ小隊長殿」射撃訓練のときに世話になった、ひげの生えた軍曹が皮肉る。

「今は戦時だ。変な特例が通ることもあるだろう。それに殉職すれば二階級特進だ。最年少一等陸尉も夢ではないぞ」稲城いなぎイナバは冗談でまぜ返す。

 

「それは困りますな。小隊長殿がいなくなっては小隊が成り立ちません」

「軍隊は部品が欠けても成り立つように組織されるべきだ。稲城いなぎとて例外ではない」

 

 まるで今から戦死しに征くような口調でイナバが言ったので、軍曹はそれきり口を噤んだ。

 

「お前はしばらく留守番だ。後を頼むぞ」

「にゃー(汝に武運あれかしと願うよ)」

 

 灰色猫ミールに後を託し、宇都宮軍学校小隊が強襲部隊に合流する。

 武尊ぶそん二体は、トレーラーに横たわり、さいたま市へと牽引されていった。

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