第十七話 八岐起動実験 後
稲城イナバの思考の果てに、かすかに、「にゃー」と鳴く猫の声が聞こえた。
「秘匿コードを確認しました」武尊複座式から合成音声が流れる。
「復唱してください。『我らが振るうは世界最期の剣』」
「これは何だ? 開発者のいたずらか?」「とりあえず言うとおりにしてみましょう」
二人は言われた通りに復唱した。
「「我らが振るうは世界最期の剣!!」」
「続けて復唱してください。『人類のおおざっぱな総意として、これより我らは天使を打ち砕く』」
「「人類のおおざっぱな総意として、これより我らは天使を打ち砕く!!」」
「秘匿コードが認証されました。ロック解除。結界剣『ヒヒイロカネ』を発動します」
天使にしかありえぬはずの結界が、武尊複座式の持つ銀の大剣を包み込む。ケルビム級だけが持っている、あの、ありとあらゆるものを切り裂く剣が、その手の内に再現される。それは武尊に搭載されながら、忘れ去られていた力、再びよみがえった力であった。
『そうだ。力は最初からそこにあった。汝はただ自身の持つ力に気付かずにいただけだった。その力を人類の為に使え。そして願わくば、猫のためにも』
武尊複座式の足元で、にゃーにゃーと、灰色猫のミールが歌う。
「聞いていない。武尊が結界を扱えるなど、まったく聞いていないぞ!」
稲城イナバは怒りに満ちた声で不満を述べる。
「だが結界剣『ヒヒイロカネ』。これならば、八岐を撃破できるかもしれん!」
武尊は間合いを詰めようとする。
八岐は両腕を突き出し、手のひらから閃光を打ち出す。一発は避けたが、二発目に被弾する武尊。胸部装甲に凹みができる。
だがそれでも、武尊複座式は前進する。青白く輝く結界剣『ヒヒイロカネ』が、三発目、四発目の閃光を弾く。突進する武尊。
「さらばだ、八岐!!」
袈裟斬りに振り下ろした大剣が、白い八岐の身体をあっさりと切断する。地面に落ちる八岐の上半身。輝いていたその身は白く濁り、結界は消え、瞳にはもはや何も映らない。
それが、人類の都合で造られた人工天使の、成れの果ての姿であった。
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稲城イナバと水城リナが武尊複座式を降りると、そこには案の定、毛づくろいをする一匹の灰色猫が居た。
「またお前に助けられたか」稲城イナバは呟く。
「どういうこと?」水城リナが問うと、イナバは言った。
「ミールには、武尊の言葉が分かるらしい」
「にゃー」前足を上げて鳴いたミールは、威風堂々と、その言葉を肯定する。
「なんでミールがこんなところに?」武尊単座式から降りてきた焔城ユウが、少し離れて不思議そうに首をかしげていた。




