第十六話 八岐起動実験 前
昼休み。
「悪いニュースと良いニュースがある」と稲城イナバは切り出した。
「まず悪いほうのニュースだが、武尊量産型の開発は難航している。量産型の要求スペックを予算内では実現できないというのがその理由だ。大量生産といっても数は知れている。量産型の原価を低く抑えることはできない。よって各駐屯地への配備計画はほぼ無くなった」
「良いニュースは、武尊単座式をベースにカスタマイズした各種支援機が開発されたということだ。ミサイルを主兵装とする火力支援機 迦具土、全方位の策敵とデータリンクが行える策敵支援機 須久奈が、遅くとも今月中に前線に投入される。配備先は宇都宮駐屯地になる予定だが、支援機というその性質上、我らの武尊と行動を共にすることになるだろう」
「最後に、良いとも悪いともつかぬ極秘情報がある。今週末、無人結界実験機 八岐が宇都宮駐屯地で起動実験を行うらしい。いまだ未知のメカニズムである天使の結界を再現することが第一目標だ。無論、結界の再現等ができるようになれば人類は天使に対して優位に立てるが――どうも嫌な予感がする。万一のため武尊の同席を要望しておいた」
「無人機の起動実験。もし天使を忠実に再現しているのだとしたら、最悪人類の敵に回るかもしれないってわけね。了解。週末の予定はキャンセルしておくわ」水城リナは言った。
「お、俺の意見は無視か?」焔城ユウが話に割って入る。
「何か意見があるのか?」「いや、別に……」「ならば問題あるまい。週末の予定は決まりだ」
焔城ユウは何か言いたげだったが、最後まで何も言えずじまいであった。
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無人結界実験機 八岐の起動実験は、非常に単純な工程から成っていた。
まず起動し、銃撃等を行って結界の有無を観測し、次にシャットダウンする。
八岐は天使同様、白色の機体であった。装甲は無く、天使製筋繊維はむきだしのままにされ、まるで皮を剥がれた人間のようであった。
「やれ人類のため、やれ研究のためと言いながら、やっているのは人工天使の起動実験だ。あれを造るために何人死んだと思っている! くそったれめ!」自衛官は稲城イナバにも聞こえるように愚痴る。
「何か言い返さないの?」念のために複座に搭乗している水城リナは言う。
「返す言葉も無い」同様に複座に搭乗する稲城は呟く。
「始まったぞ」焔城ユウが無線で連絡を入れてくる。
八岐のボディが天使と同じように光り出し、実験は次のステップに進む。通常弾による銃撃である。
ダダダダダ……自衛官のミニミ軽機関銃から打ち出される弾丸により、八岐の身体に弾痕が残っていく。実験は失敗したのか。否。
観測班からの情報が入る。
「弾痕は再生されて消失。弾丸は目標直前で弾かれており、微弱な結界の存在を確認。繰り返す。微弱な結界の存在を確認」
起動実験成功に沸く自衛官の面々。だが。そこからが問題だった。
「待ってください。八岐が片腕を突き出しています。こんなこと想定されていません。まさかAIが制御に失敗して……」
そして、閃光と、爆発が起こった。ミニミ軽機関銃を構えていた自衛官は消し飛び、八岐は固定ワイヤーを引き千切って前傾姿勢を取る。八岐は人の身ではありえぬ姿勢で、前方に跳んだ。一気に距離を詰められる。
「武尊二体に指令! 八岐を敵性体と認定! ただちに撃破せよ!」士官が叫ぶ。
「簡単に言ってくれる!」火器管制を担当する稲城イナバは、GAU-8アベンジャーでは間に合わないと判断。大剣、草薙を引き抜き、姿勢制御を担当する水城リナが武尊を上空に跳躍させる。
それは天使を切り裂く銀の剣。
しかし。必殺と思われた大振りの一撃は、八岐の左腕の結界によって軽々と防がれ、弾かれる。残りの右腕が武尊複座式の腹部を殴り、はるか後方に吹き飛ばされる。
「銀が効かない!?」「そんな!!」稲城イナバと水城リナは驚愕する。
銀に耐性のある天使だと? そんなもの、どうやって倒せというのだ!?
「支援する!」GAU-8アベンジャーを構えた武尊単座式が、約2秒間の援護射撃を行う。着弾の衝撃で後退する八岐。しかし致命傷になるはずの30mm純銀爆裂弾もまた、効いているようには見えない。
稲城イナバは思考する。どうすればいい? どうすればこいつを倒せる?
思考の果てに、かすかに、「にゃー」と鳴く猫の声が聞こえた。




