第十四話 ファンクラブ
小山モエ、足利タカエ、那須ヨーコらにより発足した「稲城君ファンクラブ」は情報収集の期間を終え、ついにその活動を開始した。
まず、ラブレターが稲城イナバの靴箱を埋め尽くした。スマフォ全盛の時代、なんとも古典的方法ではあるが、嫌が応でも目に留まり、かつ、独自性をアピールできるという点では、ラブレターに勝る媒体は無かった。
クラスメイトは30人弱。その半分が女性であるから、多くてもまあ12枚程度である。稲城イナバはこれを丁重に扱い、休み時間のうちに読んでいった。7枚はイナバの良い面だけを見て己の願望を書いたものにすぎず、4枚が現実の戦果を褒める内容であった。1枚は読めない字で書かれていたが、猫の肉球のマークがあったのでおそらく子猫ミールからのものと知れた。風情あるいたずらである。
「ずいぶんモテるのね」と水城リナは言った。
「それだけ期待が大きいということだ」稲城イナバは軽く返した。
次に、手作りチョコが稲城イナバに贈呈された。
「稲城君! どうか受け取ってください!」小山モエ、足利タカエ、那須ヨーコの三人が頭を下げる。
「カロリーに気をつけて摂取することにしよう」稲城イナバはこれを受け取った。
水城リナの姿は見当たらなかった。
見当たらないので、稲城イナバは屋外倉庫に歩いていった。
「おいイナバ。お前自分がなにしてるかわかってるのか?」焔城ユウがたまりかねて口を出す。
「大衆の好意を受け止めるのも稲城の仕事だ」
「イナバ……気付いてねーのか……」
「何のことだ?」
「ホントに気付いてねーのか。バカだよ、お前」
「改善すべき点があるならそうしよう」
「おいクソチビ。水城を泣かせたら殺すぞ」黒城シュンが振り返らずに釘を刺す。
「そこでなぜ水城が泣くのだ」
「ホントに何も分かってないんか……まあ元小学1年生に分かれというのも酷な話か」
「つまり、僕の幼い行動ゆえに、僕が水城リナを傷つけていると?」
「そこまで理解していて、なんで答えに辿り付かんかなあ……」ユウはじれったくてたまらない。
黒城シュンは馬鹿馬鹿しくてそれ以上アドバイスするつもりはなさそうだった。
がたり。音がした。イナバが後ろの入り口を振り返ると、水城リナがいた。
リナは走って逃げ出す。気のせいか、その目には涙が浮かんでいるような。
「……なぜ逃げるのだ?」
「いいから早く追いかけて捕まえろ! この鈍感男が!」ユウに殴られて、稲城イナバはいっそう混乱する。だが、成すべきことはだいたい分かった。
とにかく、稲城イナバは走った。水城リナを追いかけて捕まえることが最低条件なのだ。よく分からないが、それが必要な行為なのだということは理解した。校舎に入ると、階段を上る音がする。イナバも同じく階段を蹴る。ゆきつく先は袋小路である。
「見つけた」屋上に至る前の階段の踊り場で、イナバは水城リナを発見した。
「何よ……見つけて何がしたいのよ」リナは目に涙をためていた。
「僕は君を捕まえる」それは縮地。無駄に一子相伝っぽい高等技術を使い、一瞬で間合いを詰めて。イナバはリナを抱きしめた。
「捕まえた!」見上げる稲城イナバの顔に浮かんでいたのは安堵の表情であった。
「少ししゃがんで目をつぶって」とイナバは言う。言われるままにしゃがんだリナの唇とイナバの唇が重なった。完全な不意打ちだった。僅かな瞬間だったが、リナにはたっぷり20秒は経過したように思われた。
「い、いきなり、なにするのよ!」イナバを突き飛ばすリナ。
「いや……なんとなく……ここで泣かれたら黒城シュンに殺されるような気がした」
「私、泣いてなんか……」水城リナは涙をぬぐう。
「万の言の葉を紡いでも伝わらぬこともあるのだ」とイナバは言った。「だから僕のファーストキスを君に捧げた。それではだめか?」
それを聞いて、水城リナは途端に顔面を紅潮させる。それは八歳も年下の稲城イナバに、リナがはっきりとした恋愛感情を抱いた瞬間であった。