表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/27

第十四話 ファンクラブ

 小山おやまモエ、足利あしかがタカエ、那須なすのヨーコらにより発足した「稲城君ファンクラブ」は情報収集の期間を終え、ついにその活動を開始した。


 まず、ラブレターが稲城いなぎイナバの靴箱を埋め尽くした。スマフォ全盛の時代、なんとも古典的方法ではあるが、嫌が応でも目に留まり、かつ、独自性をアピールできるという点では、ラブレターに勝る媒体は無かった。

 クラスメイトは30人弱。その半分が女性であるから、多くてもまあ12枚程度である。稲城いなぎイナバはこれを丁重に扱い、休み時間のうちに読んでいった。7枚はイナバの良い面だけを見て己の願望を書いたものにすぎず、4枚が現実の戦果を褒める内容であった。1枚は読めない字で書かれていたが、猫の肉球のマークがあったのでおそらく子猫ミールからのものと知れた。風情あるいたずらである。

 

「ずいぶんモテるのね」と水城みずきリナは言った。

「それだけ期待が大きいということだ」稲城いなぎイナバは軽く返した。

 

 次に、手作りチョコが稲城いなぎイナバに贈呈された。

 

稲城いなぎ君! どうか受け取ってください!」小山おやまモエ、足利あしかがタカエ、那須なすのヨーコの三人が頭を下げる。

「カロリーに気をつけて摂取することにしよう」稲城いなぎイナバはこれを受け取った。

 水城みずきリナの姿は見当たらなかった。

 見当たらないので、稲城いなぎイナバは屋外倉庫に歩いていった。


「おいイナバ。お前自分がなにしてるかわかってるのか?」焔城ほむらぎユウがたまりかねて口を出す。

「大衆の好意を受け止めるのも稲城いなぎの仕事だ」

「イナバ……気付いてねーのか……」

「何のことだ?」

「ホントに気付いてねーのか。バカだよ、お前」

「改善すべき点があるならそうしよう」


「おいクソチビ。水城みずきを泣かせたら殺すぞ」黒城シュンが振り返らずに釘を刺す。

「そこでなぜ水城みずきが泣くのだ」

「ホントに何も分かってないんか……まあ元小学1年生に分かれというのも酷な話か」

「つまり、僕の幼い行動ゆえに、僕が水城みずきリナを傷つけていると?」


「そこまで理解していて、なんで答えに辿り付かんかなあ……」ユウはじれったくてたまらない。

 黒城くろぎシュンは馬鹿馬鹿しくてそれ以上アドバイスするつもりはなさそうだった。

 

 がたり。音がした。イナバが後ろの入り口を振り返ると、水城みずきリナがいた。

 リナは走って逃げ出す。気のせいか、その目には涙が浮かんでいるような。

 

「……なぜ逃げるのだ?」

「いいから早く追いかけて捕まえろ! この鈍感男が!」ユウに殴られて、稲城いなぎイナバはいっそう混乱する。だが、成すべきことはだいたい分かった。

 

 とにかく、稲城いなぎイナバは走った。水城みずきリナを追いかけて捕まえることが最低条件なのだ。よく分からないが、それが必要な行為なのだということは理解した。校舎に入ると、階段を上る音がする。イナバも同じく階段を蹴る。ゆきつく先は袋小路である。

 

「見つけた」屋上に至る前の階段の踊り場で、イナバは水城みずきリナを発見した。

「何よ……見つけて何がしたいのよ」リナは目に涙をためていた。

「僕は君を捕まえる」それは縮地しゅくち。無駄に一子相伝っぽい高等技術を使い、一瞬で間合いを詰めて。イナバはリナを抱きしめた。

「捕まえた!」見上げる稲城イナバの顔に浮かんでいたのは安堵の表情であった。

「少ししゃがんで目をつぶって」とイナバは言う。言われるままにしゃがんだリナの唇とイナバの唇が重なった。完全な不意打ちだった。僅かな瞬間だったが、リナにはたっぷり20秒は経過したように思われた。


「い、いきなり、なにするのよ!」イナバを突き飛ばすリナ。

「いや……なんとなく……ここで泣かれたら黒城くろぎシュンに殺されるような気がした」

「私、泣いてなんか……」水城みずきリナは涙をぬぐう。


まんことつむいでも伝わらぬこともあるのだ」とイナバは言った。「だから僕のファーストキスを君に捧げた。それではだめか?」


 それを聞いて、水城みずきリナは途端に顔面を紅潮させる。それは八歳も年下の稲城いなぎイナバに、リナがはっきりとした恋愛感情を抱いた瞬間であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ