第十一話 黒城シュン
武尊複座式が戦果を上げた翌日、休学していた男子生徒が、再び登校を開始した。その生徒、黒城シュンは開口一番、こう叫んだ。
「なんで学校に灰色猫がいるんだ!!……縁起が悪い」
「焔城家では飼えないとのことなので、学校飼いの猫にした。餌やりは当番制だ」
「そんなことを聞いているんじゃない! だいたいお前は誰だクソチビ!」
「稲城イナバ、七歳だ。飛び級して転校してきた。以後世話になる」
「誰もお前を世話するなどとは言っていない!」
「まあ人類皆兄弟。喧嘩はせずに仲良くしようや」
焔城ユウが仲裁に入る。
「ユウ。お前まで篭絡されたのか。見損なったぞ」黒城シュンは吐き捨てる。
つや消し黒の電動車椅子の上で、黒城シュンはメガネ型ディスプレイに映し出される学校の課題と連絡票を高速でチェックしていった。そう。彼の足は動かない。彼の手にはあまり力が入らない。黒城シュンが射撃を諦めたのは、それが理由であった。
水城リナは、黒城シュンにちらりと目をやる。
「リナ。哀れむような目で僕を見るな」
二週間ほど前、稲城イナバが転校してくる前に、水城リナは彼に振られていた。それは誰の目から見ても、いずれ別れることが確定している、不幸なカップルだった。
----
「稲城君ファンクラブを立ち上げたんです!!」
昼休み、髪を両側でしばった小山モエは、水城リナに向かって言った。
「巨大ロボットを駆る元小学生! ショタコンです! 萌えです!!」
小山モエが何を言いたいのか、水城リナはちょっとよくわからない。
「それで、私に何か用?」
「えーと、あのう、非常に聞きづらいんですけど……リナさんは、稲城君と付き合ってるんですか!?」
「はあ?」
「戦場で芽生えるロマンス!! 相思相愛のパートナー!! そういう展開は無いんですか!?」
「……無いわよ」
「ええー!! じゃあ私たちにもまだチャンスがあるってことですね!!」
水城リナはふと、稲城イナバの台詞を思い出す。
『しかし稲城では告白するにもこんな調子で言うのだ』
それではあれは、告白だったのか。水城リナは少し思いを巡らす。
「それじゃ、髪を切ったのは、黒城シュン君に振られたからですか?」
言われて、水城リナの表情が硬くなる。
「あー、すみません。不味いこと聞いちゃいましたか……」
「別にいいわよ。事実だもの。そのとおり、私は振られたの。でも髪を切ったのは複座に乗るとき邪魔になるから。タイミングがたまたま重なっただけよ」
「ふむふむ。では稲城君情報について知っていることを全部教えてください!!」
小山モエは昼休みが終わるまで事情聴取する気満々である。
----
同時刻。屋外倉庫。
「なんだこのアルゴリズムは!! 稲城にはろくな技師がいないのか!?」
黒城シュンは武尊単座式の前で叫ぶ。彼のメガネ型ディスプレイには、武尊にインストールされた数万行のコードとデバッグ状態が映し出されている。
「姿勢制御システムに致命的なバグがある! 自動追尾射撃プロセスのディレイが考慮されていない! これじゃ当たる弾も当たらんだろうが! ああもう! 結局僕が書き直す羽目になるんだ! 畜生! このクソどもが!」
稲城イナバは彼の意見に真摯に耳を傾けている。
焔城ユウも聞いてはいるが、言葉の意味が分からない。ただ完璧主義者の黒城が怒っているということは、何か問題があるのだろう。
時に暴言を吐く黒城シュンがいまだに特別扱いされているのは、そのプログラミング能力の異常なまでの高さ故であった。




