第十話 一刀両断
ケルビム級は人間大から車両大の、比較的小型の天使である。六枚の美しい羽を持ち、器用にそして高速に飛行する。銃のような遠距離攻撃はしてこない。しかし、決して侮ってはいけない相手である。その理由は、ケルビム級だけが持つ、ありとあらゆるものを紙のように切り裂く剣にあった。
従ってケルビム級と相対し、距離を詰められることは、即、死を意味する。どれだけ分厚い装甲を施していても無駄である。10式戦車であれ、A-10であれ、建物であれ、何か別の遮蔽物であれ、関係無い。ケルビムの剣の長さに入った時点で、死が確定するのである。これはこれまでの用兵の常識を覆す大問題であった。
なにしろ、隠れて撃っていれば勝てる、という以前の常識が通用しないのである。いまもって謎の天使式レーダーシステムで人間の居場所を察知し、大量のケルビム級にわらわらと接近されてしまった場合、一体でも逃せば、もう御終いである。
米軍も、この用兵に慣れるまでに多くのケルビム級を隣接させてしまい、部隊を犠牲にしてきた。現在では、遠距離からの銀弾による砲撃か、あるいは弾幕のカーテンを作って、ケルビム級を退けるか、などの用兵が提案されているが、決してコストパフォーマンスが良いとは言えなかった。
すなわち、ケルビム級は単体でも十分な脅威なのである。その事実は、自衛官といえども、熟知している者は少なかった。たった二体で出没し、何ができるというのか。そう高をくくっていた者も居たのは確かである。
だが、稲城イナバは違った。脅威を脅威として認識した。そして然るべき手段を行使した。
「武尊二体に特別命令! これよりコード八十、近接戦闘モードに入る! 他の者は即座に緊急退避せよ!」
二体の武尊は自動的に背中に負った大剣、草薙を引き抜き、右手に持つ。大剣は天使に効く純銀の刃を持つとはいえ、実戦への投入は初めてである。というか、武尊の実戦投入自体が初めてなのであるが。
「ケルビム級の剣の射程に入り、剣を振る時間を与えれば終わりだ! 我らはケルビム級より先に接近し、ケルビム級より先に剣を振るうより他に無い!」
「ダメだイナバ! 確かにジャンプしたら届くかもしれないが、相手にみすみす迎撃のチャンスを与えちまう! 十分に引き付けてから攻撃すべきだ!」焔城ユウが反論する。
だが。稲城イナバの意見は違った。
「引き付けて、誰を犠牲にするつもりだ? 我らが勝利するために、ケルビム級の剣を先に振るわせろと? 何に対して? 誰に対して?」
水城リナが割って入る。
「二人とも頭を冷やして! 複座は単座を踏み台にして上空にジャンプ! 空中で二体のケルビム級を両断! 作戦はそれでいいわね?」
「了解した!」「下は任せろ!」
付随してきた自衛官は、その数瞬のやり取りに唖然とする。
「馬鹿な……ケルビム級を相手に白兵戦を!? 無茶だ!!」
「無茶を承知で、やらねばならん時がある!!」
まるで水が流れるように、武尊複座式は単座式の腕と肩に駆け上がり、上空に跳躍する。
ケルビム級二体は、まるで何が起こったか分からぬというような顔をして、おもむろに剣を構える。しかし。
ケルビム級がその剣を振り下ろす前に、勝負はついていた。
武尊は両腕で大剣、草薙を三百六十度振り回し、前後のケルビム級をまさに一刀両断していたのである。
戦果、大型ケルビム級、二体。武尊の初陣は、被害ゼロという驚くべき結果で始まった。