始まりの儀式
執事の朝はそんなに早くない。
コックやフットマンと呼ばれる下働きより三十分ほど遅く起きる。
一緒に起きることもあるが、コックやフットマンが10時くらいには就寝出来るのと違い、執事は主人が寝てから行う仕事も多いため日付をまたいで寝ることが多い。
若い小太郎がなるべく多く寝てしまうのも無理もないことだ。
小太郎の朝は携帯電話のアラームによって訪れる。
最大音量に設定されているアラームを止め、もぞもぞとベットから這い出る。
洗顔などの一通りの身支度を整え、制服を着ると気持ちが切り替わる。
鏡で身だしなみをチェックし、スチュワードの部屋に行く。
そこで上級使用人が朝食を取る。
小太郎は一番下の雅樹坊っちゃま(小学三年生)付きの執事。
英登は一番上の征四郎坊っちゃま(大学二年生)付きの執事。
陽治は真ん中の永斗坊っちゃま(中学三年生)付きの執事。
皐月は希美お嬢様付きのメイド。
このご家庭ではなるべく歳が近い使用人をそれぞれの専属執事としている。
だから英登はともかく小太郎や陽治のような若輩者でも執事として行動している。
屋敷には他にも夫婦で料理を作るコックとその手伝いの人が三人。
フットマンと呼ばれる男性下働きが五人。
ハウスメイドと呼ばれる下働きの女性が七人。
執事が英登、陽治、小太郎含め四人。
ハウスキーパーと呼ばれる女性使用人並びに家をまとめる人が一人。
スチュワードと呼ばれるご主人様の秘書や資産の管理をする人間が一人いる。
皐月の存在は少し異例で扱い上は執事と同じだが制服はハウスメイドと同じものを着ているし、ハウスメイドの仕事も少ししている。
他にも毎日のように庭師なども来るが、住み込みでは以上の24人となる。
小太郎はスチュワードの部屋の前に来ると一つ深呼吸をする。
そして、ノック。
「おはようございます。小太郎です」
一拍置いてはっきりと発音するように気をつける。
寝起きだからといって発音が不明瞭で何をいってるか分からないと入れてもらえない。
中から机をトントンと叩くような音がかすかに聞こえた。
入室許可の合図だ。
よかったと安堵の息を短く吐いて、
「失礼します」
と言ってから扉を開ける。
入って目の前には応接セット。
それを囲むように壁伝いに本棚があり、たくさんの本が収納されている。
扉を開けて両側に次の部屋へと続く扉がある。
右側が寝室、左側が食事をしたり、使用人で集まる部屋だ。
左側の扉が空いており、数人の声が聞こえる。
主人の部屋と遜色ない絨毯の上を歩いて左側の部屋に入るとスチュワードの大垣とハウスキーパーの阪井がいた。
「おはよう」
大垣が先に挨拶をする。
大垣は老眼鏡から小太郎を上目遣いに見る。
「おはようございます。大垣さん」
小太郎は片手を腹の前に置き、四十五度のお辞儀をする。
「おはようございます。小太郎さん。よく眠れましたか?」
阪井が抑揚のない声で尋ねる。
語調は丁寧だが、顔は笑っておらず目には敵意すら感じる。
「おはようございます。阪井さん。とてもよく眠れました」
大垣と同じように最敬礼で返答する。
今日も一日が始まる。