プロローグ
人間というものは、いつの時代も上を見るものだ。
現状に満足しない。
それは美徳のようで悪徳にもなる。
社会では現状維持が望まれる仕事も多い。
そのひとつがーーー執事である。
執事の漫画やドラマが流行したおかげで、執事の知名度は格段にあがった。
それまでは、日本に執事がいることさえ知らなかった者も多いだろう。
だが、執事の日常はあのように華やかなものでも、面白いドタバタがあるわけでもない。
そう。ここで声を大にして言っておく。
執事とはーーーーーお母さんだ!!!!
「「「いや、お母さんではないでしょ」」」
三人の声が見事にハモって庭で叫んだ小太郎に降り注ぐ。
声の主たちは呆れながら小太郎に近づく。
「っていうか、さっきからなに叫んでるわけ?いくらご主人様たちがいないにしたって勤務時間中に叫んでいいと思ってるの?」
腕を組んで冷たい目で小太郎を見下ろすのは皐月。
この屋敷最年少の18才。つい四ヶ月前に屋敷にやってきた見習いメイドだ。
だが、高校時代からよく手伝いに来ていたこと、生来の委員長気質、そして何より小太郎よりも背が15センチも高いその体躯のせいで、よく小太郎にぞんざいな口をきく。
まぁ、小太郎も皐月のほうが屋敷に関わってる時間は長いし、そのせいで仕事も出来るし、年齢だって2歳下で妹みたいなもんだし、なにより身長はこれから追い抜く(と信じてる)から気にもしていない。
「そうです。姿が見えないと思ったらこんなところで油売って。あなたがやらなければいけないことはまだあるのではないですか?」
神経質な喋り方をするのは英登だ。屋敷で働く年少組の中の最年長28歳。
浅黒い肌に190センチ近い身長。引き締まった体はモデルのようだ。
「まぁまぁ、こーちゃんも朝から働きづめなんだから休憩自体いいじゃん。
ただ、あんな大声で叫ぶのはよくないねぇ〜。俺っちがいたB棟の方まで聞こえたもん(笑)」
親し気に話しかけてくれるのは陽治。小太郎と同じ年の二十歳である。
「そうだよ。休憩だよ。つーかお前叫んでからここまで走ってきたの?B棟から?」
小太郎が庭の小枝を投げながら陽治に問いかける。
陽治はにへへと笑うと、
「それよりさ、坊っちゃまが帰ってくるまであと一時間半もないよ?急がないといけないんじゃない?」
腕時計を指差しながら言った。
「えっ?嘘?やっべ。まだ二時間以上あると思ってたのに」
小太郎はそう言うと三人に挨拶もなしにその場を駆け出した。
「な〜にがあと一時間半よ。相変わらず陽にぃは…」
皐月はため息をつく。だが英登はくくっと喉を鳴らしながら笑っている。
「いいんですよ。そもそもあいつは執事に大事な落ち着くってことを知らなすぎます。
不用意に叫んだり、挨拶もなしに退座したり、ましてや屋敷内を緊急でもないのに走るのは執事失格です。
今だって陽治に指し示されたとしても自分で確認すれば良かっただけの話です。
そういった基礎中の基礎はここにいる三人全てやると思いますが?」
陽治はニコニコと微笑みながら二人のやり取りを見ている。
「でも、俺っちもこーちゃんの言ってることわかるな〜」
陽治の発言に二人はなにが?という顔をする。
「執事が地味だって話〜。まぁ、ご主人様専属ならまだ楽しい日々があんのかもしんないけど、
坊っちゃま付きや、ましてやただのハウスメイドだと家の掃除とかでいっぱいいっぱいで一日が終わっちゃうよね」
「確かにそうかもしれませんが、我々はご主人様方に快適に過ごして頂くために雇っ」
「それは分かってるよ。充分。だからさ、俺っちたちも仕事戻ろ?」
英登の言葉を遮り、陽治は伸びをして二人に言った。
三人は来た時と同じようにそれぞれ自分たちの持ち場に戻った。
下の坊っちゃまが帰ってくるまであと二時間。
それまでに終わらせておかなければいけないものを片付けるために。