番外編 桜の木
不思議なお店の裏には、樹齢100年以上の大きな桜の木がある。
10人が手を繋いでちょうど位の幹。
この木を植えた人は、何を願ったのか。
ソラがバイトを始める少し前、今年の春も、桜を咲かせた。
今は葉桜になっているが、甲斐は毎年この桜と共に春を迎えている。
今日のバイトはお店の外で作業。散った桜を掃除するのだ。
「この桜の木には云くがあるんだ。」
甲斐さんが桜の木を見上げて言った。
「いわく?確かに古い木ですもんね」
ソラは、散った桜を箒で集めながら桜の木を見上げる。
「悲恋の昔話」
末は感受性が強い女の子だった。
神社の娘だった末には、許嫁がいた。彼の名前は、橘渚。村の長の息子。
末は14歳、渚は17歳。もうすぐ婚礼だ。
「末!」
「渚さん」
2人はいつもここで待ち合わせする。
村の少し外れ、分かれ道になる手前。
普通、許嫁は親が決めるし、婚礼当日初めて顔合わせするのも珍しくない。しかし2人はもともと知り合いだった。好き同士になるのに時間はかからなかった。
手を繋いで道を歩く。
昨日の雨で水たまりが至る所にできている。2人は仲良く避けながら進む。
「もうすぐ婚礼だね。緊張してる?」
渚が口を開く。
「うん、少し。でも、楽しみの方が強い」
末は微笑む。
「花嫁衣装、着れるの楽しみ」
「そっち!?」
渚は肩透かしをくらう。俺は末と夫婦になるって嬉しいし、緊張してるのに。
ちょっとムスッとして言う、
「俺達夫婦になるんだぞ?意味分かってるか?」
「…分かってるよ?」
上目遣いで顔が赤くなりながら末が答える。その顔を見て、自分が恥ずかしくなった。
「すまん。意地悪言って…」
「ううん」
お互い恥ずかしくて俯く。手は繋いだまま。
大きな音が響いた。
「なんだ?」
2人は足を止める。村の方から聞こえた。
「行ってみよう」
村の近くの山が土砂崩れをおこしている。末の神社の近くである。
「巻き込まれた人はいないかー!」
大人達が集まっている。
「お父様、お母様…」
末の顔から血の気が引く。
境内の半分が土砂に埋まっている。
「末はここにいて!」
渚が現場に走る。
「近くの家の者は橘家に避難してくれ、渚お前も避難手伝え!」
渚の父親であるこの村の長が指揮を取っている。
「父上!末のご両親は?」
声が震える。緊張して手が冷たい。
「まだ見つかってない、末さんは一緒か?」
「…はい。」
「そうか、またいつ土砂崩れが起きるか分からない。ここは危険だから、末さんと一緒に避難していなさい。」
「わかりました。父上もお気をつけて。」
土砂崩れはこの一度だけで終わった。この災害で助からなかったのは、末の両親だけだった。
渚と末の婚礼は延期になった。事実上、婚約解消である。
「父上、どうにかなりませんか?」
渚は再三お願いをしているが、こればかりは難しい。この時代、結婚は家同士の繋がりが強い。末の神社も土砂崩れでなくなってしまった為、末は何もかも失ってしまった。
父親も母親も悲しそうな顔をしている。
「私達は橘家だ。すまない、渚。」
末は、隣町の神社の息子に嫁ぐことになった。橘家が口利きをした。
良い縁だが、本人達は離れ離れになるのだ。口には出せないが、本当は望んでいない。
「末…元気で」
「渚さんも…」
渚は末の両手を掴む。
「なあ、2人で逃げてしまおうか?」
末は悲しそうに微笑むと首を横に振った。
「それは出来ません。皆様に迷惑がかかります。私達は恵まれています。」
「そうか…そうだな。何か問題が起きたらすぐに橘家を頼ってくれ。それと、村の神社は俺が守ろう。」
渚は末を抱き寄せた。
「渚さん!誰かに見られたら…」
「少しだけだ…」
体を離す2人。
「来世に夫婦になれたらいいな。」
渚は泣きそうな顔で笑う。
「はい。私も願っています。」
末も泣きそうな顔で笑った。
またこの場所で会えますように。
2人はいつも待ち合わせしていた場所に、桜の苗木を植えた。何年経っても、それがたとえ来世でも、桜の木が目印になるように。
現代の不思議なお店。
ソラと甲斐は桜の木を見て話している。
「結ばれなかった恋人が、この桜を植えたんだって。」
甲斐さんがざっくり説明してくれた。
「男の方は俺の先祖で、女の人は神社の人で感受性が強かったらしい。」
「へえ〜」
感受性が強いのは私と同じだな、
「神社って、あの事件があったあそこですか?」
ソラはミーちゃんを守って、危ない目にあった神社を思い出す。
「そういえばあの神社、家が管理してた事あるかも…」
現代に繋がっているんだな。
ソラは木に触れてみる。
古いものは思いや願いが強すぎて、近づきたくない事が多いが、この木は清々しい。
なんだか懐かしい感覚を覚えるのは気のせいだろうか。
その桜の木は、お店の裏に今も堂々と立っている。そしてこれから先も、きっとここにあるのだろう。




