バイト初日
ソラは緊張していた。
お店見つけられるかな〜
昨日は目の前にあるのに気づかなかったのである。それに男性に女性だと思ったなんて…自分がそんなにポンコツだとは知らなかった。
お店に向かう道、歩道の端を猫が歩いてる。
動物は嫌いでもないし、特別に思い入れもないソラである。
お店には無事辿り着けた。ほっとしてドアを開ける。足元に何かが通った。猫だ。
「あ!ちょっと!」
するりと店の中に入る猫。
「あ、犬飼さん」
男性の甲斐さんがソラに気づく。
「お疲れ様です。あの、すみません猫が入っちゃって」
あたふたしながら猫を探す。
「あーミーちゃんね。大丈夫常連さんだから」
「常連?」
よく来る猫ってことか。でも飲食店なら野良猫は衛生上よくないのでは?
欠伸をして身体を伸ばす猫。
「ん?初めまして?」
日向ぼっこしている猫が話している。
話している?
まるで現実味のない展開に頭が付いていかない。
昨日やったRPGの案内人が猫だったな…
現実逃避だ。
「犬飼さん、あの…!」
甲斐さんが慌てた様子でソラに話しかける。
「あれ?さっき隣歩いてたっけ?」
猫が話し続けている。
この猫軽いな…
ゴロゴロしながら猫は続ける。
「オレはミルク。みんなからミーちゃんって呼ばれてる。君は?」
「私今猫に名前聞かれてる?」
思ったことが口に出ていた。
「そーだよー。名前教えてよ?固まっちゃってるね、大丈夫だよ〜」
猫にナンパされてる…?
「ソラ…です」
何となく敬語で話してしまった。猫なのに。
「ごめんね、犬飼さん。」
なんで甲斐さんが謝るんだろう?
「今日説明しようと思ってたんだけど、先に現場に遭遇しちゃったね」
みーちゃんが椅子に飛び乗る。
「あれ?オレなんか悪いことしちゃった?」
この猫、椅子で丸くなりながら悪びれもなくウダウダしている。
「このお店、動物と話せるんだ。」
「は?」
甲斐さん一体何を、でも実際この猫話してるし。
「ここは動物や植物が元気になるお店なんだ。枯れている植物も、疲れている動物も元気になる不思議な力のあるお店。」
そんなゲームの回復場所みたいな所が?
「必要な者がこの力をもらいに来るんだ。このミーちゃんみたいにね。」
甲斐さんは魅力的な笑顔で笑った。
ミーちゃんは話すだけ話したら帰って行った。
「突然びっくりしたよね、ごめんね。これハーブティ。落ち着くから飲んでみて?」
甲斐さんがお茶を淹れてくれた。
「ありがとうございます。」
暖かいカップから良い香りがする。
確かにそんな大事な事というか、突拍子もないことは事前に説明が欲しかった。
まあ、普通聞いても信じないだろうが。
「カモミールだよ。落ち着く作用があるしカフェインレスだから寝る前でも飲める。」
確かに一息つけた。
何でも、この場所は昔から良い”気”が溜まる場所らしく代々橘家一族が守っているらしい。
「そんな普通じゃない所、バイト雇っていいんですか?」
私がSNSとかに書き込んだらどうするのか。
「犬飼さんは大丈夫って感じだから。僕もなかなか勘が鋭いんだ。」
「はぁ。そーゆう。」
勘て。
「それに許可がないとここには入れないから、僕が許可したから犬飼さんは入れたわけで。他の人はきっと素通りしちゃうよ。」
確かに目の前にあったのに気づかなかった。あれは私がポンコツなわけではなかったようだ。
「説明はこれくらいにして、ちょっと手伝ってもらおうかな。」
甲斐さんが立ち上がって、買ってきたばかりのビニール袋からエプロンを取り出した。
「ありがとうございます。」
黒のエプロンを受け取る。
「それ付けたら植物の手入れお願いするよ」
その日はもう猫は来ず、植物の手入れで終わった。
ソラは、動物が話すこと以外は黙々とした作業、休憩のお茶が美味しいし、良いバイト先だと感じた。




