Track 01 無音世界へのイントロダクション
音楽に殺される人生? そんなロックな皮肉、誰が脚本書いたんだよ。
いや、もっと正確に言えば、「音楽を聴いた直後に死んだ」だけなんだけどさ。物理的な意味で。別にアンプが爆発したとか、ステージが崩れたとかじゃない。ごく普通の、駅前の事故。それでも俺にとっては、あれが“最後のセッション”だったわけで。
街は下北沢。バンドマンと演劇青年とアニメオタクとカレー屋が、仲良く肩組むこともなく雑多に共存するサブカルの坩堝。地上は古着とガチャガチャ、地下はライブハウスと小劇場。エフェクター背負った金髪がアニメポスター貼りまくりのコインロッカー前を闊歩――そんな日常。
そこで俺は、大学のバンドサークルをダラダラ延命させながら、給料と時間を音楽とマンガと飯に全振り。
平日は Spotifyで新譜を漁り、帰りの電車でジャンプ+と同人マンガを眺め、休日は中古レコ屋か気分で秋葉原遠征。コミケは紙カタログ派だけど会場はソロ攻略。要は軽い末期症状。
でも音楽だけは、わりと本気だった。
スタジオ帰りの夜。セッションは上出来。ギターがちょい暴走したが、ドラムとベースが噛み合って珍しく気持ちよかった。アンプが空気を震わせる余韻がまだ指先に残り、全員ちょっとニヤつきながら解散――あの瞬間こそバンドやってて一番幸せだ。
そして終電を逃した。財布は寒波、タクシーなんて夢。下北から自宅のある豪徳寺まで徒歩約40分、深夜の線路沿いをギターケース抱えて歩くのは慣れたルーティン。
途中のコンビニでコロッケパン+缶コーヒーを調達し、緑道のベンチで一服。スマホを見ると妹から LINE。
「誕生日おめでとう。寝てる?」の事務連絡+ Spotifyリンク。
再生したら――曽我部恵一「テレフォン・ラブ」。
なるほど、そっち選ぶか。チープな打ち込みに昭和メロ、宅録の甘さ爆発。妹よ、わざとか天然か知らんが兄の心を狙撃してくる。まあ、嬉しいんだけどさ。
イヤホンを耳にねじ込みプレイ。イントロが鳴った瞬間――タイヤの悲鳴、街灯のフラッシュ、重力が方向転換。
あ、これ、やべえやつだ。
身体が浮く。スマホが離れる。スローモーション世界で俺は悟った。
――おいおい、異世界転生テンプレコンボかよ。
スマホ歩きとか死亡フラグの教科書じゃん。しかも曽我部恵一で退場とか、俺の美学どうなってんだ。
最後に聞こえたのは、スマホの乾いた「ポン」。
エンディングくらい流せっての。通知音遺言とかシュールすぎ。
◇
目が覚めた。まず静かすぎてビビる。
寝落ちした? 違う。意識が再起動した感。冷たい金属床、パイプとケーブル、無機質な壁。病院でもスタジオでもない。
……というか俺、生きてる?
手足動く、痛みなし。でも世界がバグってる。
「死んだ、よな、俺」
声を出すと現実が追いつき、でもここは地球じゃない。設定ミスった近未来ゲーム感満載。
これ異世界? と震えかけた瞬間、気付く――音が欠けてる。
風がパイプを抜ける音、缶が転がる音、金属の軋み――環境音はくっきり。でもリズムも拍も、音楽の“予感”がゼロ。世界がグルーヴを失ったまま回ってる。
さらにヤバいのは、自分の中の音楽も再生不能。さっきのセッションフレーズを思い出そうとすると拍がズレ、コードが濁る。旋律が崩壊。
「おいおい、どういうホラー?」
この世界、音楽そのものを拒絶してる?
言い終える前に頭上から壊れたホログラム広告がバサッ。笑顔のアイドルと浮かぶ文字。
『《《静けさを、もっとあなたに》》』
ああ、そういう宗教くる? はい詰みフラグ。
そして背後――でかいドローン。めっちゃこっち見る。
「沈音警戒レベル3。転移波形検知。異界個体、確認」
バレとるーーーー!!
「転移個体、逃走確認。即時確保――」
「待て待て話せば――レーザー!? おまっ……!」
壁が焦げる。反射でダッシュ。足音カンカン響く。逃げるしかない。出オチにしてハードモードすぎ。
金属とパイプだけの街、スロープも階段も人類フレンドリーゼロ。逃げ場なし設計。
叫びながら曲がった先で遭遇した――銀髪の少女。
感情あるのか不明な無表情。でも目だけ真っ直ぐ。声は一言。
「……こっち」
普通ならスルーだろ。けど妙な説得力があった。詐欺に賭ける時間もなく、少女に手を掴まれ壁の隙間へドロップ。
真っ暗、無音、鉄臭いシャフトを滑り落ち、ドローンの追跡音が遠のく。
着いた先は、静寂が濃縮された空間。壁は崩れ天井穴あき、照明なしでも薄明るい。耳が圧迫されるような無音。
そして壁一面――譜面。五線、記号、途切れた音符。
思わず息を呑む。少女が口を開く。
「あなた、転生者でしょ」
出たよテンプレ。でも否定する材料もない。
「イリヤ。案内人、みたいなもの」
“みたいな”って便利な言葉だな。まあ命の恩人ポジなので文句は飲み込む。
譜面を見つめる。読める。理解できる。鼓膜がうずく。
「これ……譜面、だよな?」
「あなたには、そう見えるのね」
彼女が少しだけ和らいだ表情。
「この世界では、旋律もリズムも和声も“構造災厄”として封じられているの」
はい終末サイバーパンク設定きた。
「音楽は都市を壊した。感情を過剰共鳴させ、街を制御不能にした。だから旋律は禁忌」
なるほど。そういう設定ね。俺が感じたノれなさはこの呪いか。
俺は、壁の譜面をじっと見つめた。
コードの進行。拍の取り方。和音のクセ。
見覚えがある。ていうか、分かる。
「あれ、これ……俺、読める。っていうか、思い出してる……?」
目の奥がチリチリする。鼓膜が内側から共鳴してるような感覚。
その瞬間――頭の中に“音じゃない声”が響いた。
――陽介。チューニングは済んだ。今から渡す。
……誰? 神様? 今さら?
――君は選ばれた。旋律の記憶を継ぐ、“演奏者”。
え、軽っ。そんな言い方ある? RPGの精霊よりカジュアルじゃない?
――この世界の構造は、すでに君の中にある。思い出せ。
――拍を、音高を、共鳴のレイヤーを。構造を感じろ。
脳に、直接言葉じゃない“理解”が流れ込んでくる。
コード理論。テンション。スケール。分数コード。対位法。調性理論。
言語化される前の“直感”が、一気に開いていく。
「うわ、なんだこれ……ヤバ……!」
目の前の譜面が、光って見えた。いや違う、俺の中で何かが“再生”されてる。
音は出てない。でも、頭の中には完璧なバランスでグルーヴが流れてる。
「全部、わかる。理屈じゃない、体が覚えてる……!」
イリヤが驚きと安堵の混ざった目。
「あなた、本当に“見えてる”……演奏者だったのね」
チート確定。異世界音楽禁止世界に放り込まれた無名の底辺ミュージシャン、陽介――爆誕。