『ベルサイユのばら』旧文庫版
ブックオフの文庫棚をなんとなく眺めていた私は、思わず足を止めた。
いや、眺めてたというより「スキャンしてた」に近い。いつものことだけど。
(え、ちょっと待って……)
その背表紙は、まるで嘘みたいに、そこにあった。
『ベルサイユのばら』──文庫版、全5巻セット。価格は、1冊220円。
つまり、1100円。
(え? 1100円でベルばら? いやいや、まさか)
手を伸ばす指が、一瞬だけためらう。けど、もう脳が判断を終えている。
この文庫版の全巻セットは、状態が良ければ、今でも3000〜4000円台で売れる。
しかも今日は、5%オフクーポンの日。実質1000円以下。いける。
本を手に取る。
背表紙はほんのり焼け、ページの小口にはうっすらシミ。だが中身は、思いのほか綺麗だ。
(これは、買い……)
けれど、次の瞬間には、別の声が頭に響いた。
(待てよ、たしか最近「完全版」が出てたような……)
「再版されたら、値崩れするよね」
この仕事をしていると、どうしてもそこが気になる。
需要と供給、価格の上下。それに振り回される日々。
完全版はフルカラーで、紙も上質。装丁も豪華で、特典もあったはず。
そっちのほうが今どきの読者にはウケがいいかもしれない。
(でも……それでも、この文庫版を探してる人、いるんだよな)
ちょっと古いけど、落ち着いたデザイン。手頃なサイズ感。
そして何より、「文庫で読みたい」って層、確かに存在する。
会計に向かう間、心のなかで小さな葛藤が続いていた。
「売れなかったらどうしよう」「再版で値下がりしたらどうしよう」
レジでピッと読み取られるたび、心臓がほんの少しだけ跳ねる。
(文庫版の全巻って気づかれたら……値段、修正されたり……?)
でも、店員さんは何事もなく袋に本を入れて、
「1100円です」と、にこやかに言った。
私は、いつものように静かに会釈して、店舗を出る。
(ふう……セーフ)
歩きながら、思わず頬がゆるむ。
このスリル、この小さな勝利感。これが、せどり業の醍醐味でもある。
帰宅後、軽くクリーニングして、撮影して、出品。
何日か後、無事にセットは売れた。そこそこの利益が残った。
夜、湯船につかりながら、スマホで再び「ベルばら 完全版」と検索してみる。
(やっぱ、豪華すぎるな……でも)
私は肩まで湯に沈みながら、静かに笑う。
(完全版がどうとか関係なく、文庫で読んだあの夜の記憶を求めてる人も、きっといる)
そして心の中で、こう付け加える。
(……いやまあ、再版されたら値崩れするのは、正直ちょっと怖いけどね)