[キャンディ・キャンディ]
朝のブックオフは静かだ。
人も音も少なく、本の背表紙が棚の中で眠っているように見える。
紗英は棚の前に立ち、いつものように“目”を使う。
目で見て、ふるいにかける。
慣れれば「いける」「ダメ」の判断は九割が見た目でつく。
残り一割のためにスマホを出す。
損をしない。必要なら損を覚悟して買う。
それが紗英の仕入れルールだ。
今日の最初の店は、自宅から電車で三十分ほどの住宅街にあるブックオフ。
営業職時代、昼休みに何度か寄ったことがある。
(……あれ?)
視界の端に、ピンク色のロゴ。
『キャンディ・キャンディ』――全九巻。
110円コーナーに、ひっそりと並んでいる。
思わずしゃがみこみ、一冊ずつ手に取る。
カバーはくたびれているが版は揃っている。
小口にシミはあるが、本文はきれいで焼けも最小限。
読み込みではなく、ただ時間が経っただけの本だ。
この年代にしては上出来。
990円で、この状態。
悪くても一万円はかたい。
胸の奥に、せどらー特有のあの感覚が走る。
久々のお宝発見。買う、即決だ。
レジへ向かいながら、くだらない妄想が浮かぶ。
(値段、間違いじゃないですか?)
(確認しますね)
(裏で社員がこそこそ話し合って――)
(やっぱり販売できません、って)
そんな想像をしつつ、並ぶ指先が少し冷える。
案外、小心者だ。
「990円になります」
あっさり通った。
小さく会釈して袋を受け取り、レシートを確認。
間違いなく110円×九冊。
帰りの電車、膝の上の袋を見てふっと笑う。
ハッピー。
帰宅後もしばらく、その気分は続いていた。




