[一人暮らし、熱を出す。恋を知る。]
出張1日目、21時過ぎ。
紗英はホテルの大浴場を満喫し、自室へと戻ってきた。
フェイスタオルとバスタオルを浴室に干す。
着替えはまとめて袋に入れ、リュックの隅にしまった。
ふうと一息つき、ベッドの中心に位置どる。
そしてストレッチ。首、背中、腰の3種。
軽く汗をかいたあと、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。ひと口飲んで机に置いた。
財布からレシートを取り出し、仕入分の金額をざっくり暗算で足していく。
出張1日目の仕入金額は、約4万円強。
感触からすると、見込利益は5万オーバーというところか。
悪くない。満足のいく数字だ。
本日のレシートは一束にまとめ、バッグの中のクリアポーチへと移し替えた。
明日のルートを組み立てるため、スマホをタップした。
LINEの通知がひとつあったので、先にそちらを開く。
多恵姉「出張どう?ホテル着いた?晩ごはんは宇都宮餃子?」
LINEは同居人の従姉からだった。
返信する。
紗英「無事着いたよ。調子はまずまず。
残念ながら晩ごはんはお弁当。スーパーのやつ」
ちょっと味気ないか。
もう一文送る。
紗英「多恵姉は晩ごはん食べた?」
ロケスマでルートを組み立てていると、すぐに返信が来た。
多恵姉「タッパのお惣菜ありがたくいただきました。感謝♪
今はお酒タイム。今夜のお供は赤ワイン♪」
飲んだくれている同居人の姿が目に浮かぶようだ。
「今夜も楽しそうでなにより。ほどほどにね」
私も飲むか。
冷蔵庫からビールを1本取り出す。
ルートチェックを続けていると、「了解」と、とぼけた味のスタンプが届いた。
ルートの検討にも目途が立ったので、紗英は既読を付けてスマホを閉じた。
さあ、読書の時間だ。
仕事用バッグから、本の入った袋を取り出す。
今夜のお供は、これと決めていた。
『一人暮らし、熱を出す。恋を知る。』全3巻。
マンガが3冊、ブックオフの袋にまとめて入っている。
今日の仕入れ中盤、110円コーナーでこの本を見つけた。
タイトルに惹かれた。絵柄もよかった。
ちらと中もチェックしたが、ヒロインは見た目がまったく違う、二つの顔を持っているようだった。
金田一連十郎の『ニコイチ』みたいだ、と思った。
『ニコイチ』は、紗英の大好きな作品のひとつだ。
仕入対象としては微妙だったが、ためらいなく買った。
公私混同だ。いや違うか。
これは読むべきだと、そう感じたから買ったのだ。
そして今、紗英はその直感が正しかったかどうか、確かめている。
直感は正しかった。
紗英は出張から帰ったら、多恵姉にこの本を読ませようと決めた。