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【第9話】聖女、神器の継承を受ける

 帝都に戻って数日。

 フィオルド村の浄化が瞬く間に帝国全土へ広がり、『聖女リリア』の名は各地に知れ渡っていた。


 皇帝の宮殿。

 皇帝と皇子が部下たちの報告を受けていく。


「──リリア様の加護を受けた土壌からは、腐らぬ作物が実ったと聞いております」

「負傷兵の治癒力が、通常の三倍を超えたそうです。魔法使いや司祭たちも治癒魔法の効果が跳ね上がってるのを報告してます」

「魔物の発生地点にリリア様が立っただけで、瘴気が消滅したと……」


 次々と寄せられる報告。

 それを受けて、皇帝は決断を下すことを決めた。


「皇子よ」


「はい」


「我が国の神器を聖女リリア様に貸し出したい。お前、その役目を受けてくれるな?」


「謹んでお請けします! 皇帝閣下!」


 皇子は聖女リリアを呼びに向かった。




◇ ◇ ◇



 皇帝の宮殿に呼ばれ、とことこと歩いていく。


 あたしを案内するのは皇子アレクサンドロスだ。


「聖女リリア様」


「はい」


「これから貴方に特別な物をお渡しします」


 何だろう。

 まさか、婚約指輪!?

 きゃーー!

 皇子様、気が早いって!


 何考えてるの、もー!

 えへへ。

 嬉しいなぁ。

 どんなデザインくれるのかな?


 案内された場所は、皇帝の玉座の間。

 皇帝陛下……近い将来、お父さま、とお呼びすることになるのかしら?

 そうか。これは親に好きな人を紹介するっていう――、


「……聖女リリア。貴女に、帝国より正式に『神器』をお授けしたい」


 帝国皇帝、レオニダス・ヴァルハルト。

 威厳ある声でそう告げられた瞬間、私は小さく息を飲んだ。


 ……勘違いしてすみませんでした。

 はい、真面目な話ですよね。

 婚約指輪じゃなかった。


「神器、ですか……?」


「はい。元は先代聖女が使っていたものです。封印を解き、貴女の力として、再び目覚めさせましょう」


 言葉に重みがあった。

 それがどれほどの責任を伴うか、私にはわかっていた。

 国が国宝として特別な魔道具を管理していることは多い。

 中でも戦略級とされる魔道具は神器として厳重に管理されるのだ。

 それを渡すということは、信用してくれたという証。


 あたしはその期待に応えたいと思った。


「……承知しました。お受けいたします」


 そう告げた私に、皇帝はわずかに目を細めた。


「そなたには、誠実さがある。そして、奢りがない分だけ人を癒せるのだろうな」


「お褒めに預かり光栄です」


 とあたしは笑顔で返した。



◇ ◇ ◇


 神器授与の式典は、帝国の聖堂で行われた。


 純白のドレスを身にまとい、あたしは神官たちの前に立つ。

 玉座のような壇の上には、先代聖女が持っていたとされる『聖杖イリス』が鎮座していた。


「聖女リリア・アークライト、ここに誓いますか? 帝国とその民を癒し、正しき加護を授けることを」


「……はい。誓います」


 神官が聖杖に触れた瞬間、杖がほのかに光を帯びた。

 私が手を伸ばすと、その光は強くなり、温かく私を包み込んだ。


「神器が……応えている……!」

「完全な同調……これは先代のとき以上の……」

「噂通り、歴代最高の聖女なのだな……」


 祭壇が輝き、聖杖は私の手の中へ。

 その瞬間、胸の奥に、なにかが静かに流れ込んでくる感覚があった。


(これが、帝国の神器の力……)


 目を閉じて、深く、息を吐く。

 世界の音が、少しだけ鮮やかになった気がした。




◇ ◇ ◇


 式のあと、宮殿のテラスでひと息ついていたときだった。

 いつの間にか隣に立っていたのは──アレクサンドロス皇子。


「……似合っていますよ。白いドレス」


「ありがとうございます。重くはないけど……少し、責任を感じますね」


「責任はあります。神器を持ってますからね。でも、あなたなら、扱うに相応しい心と力を持ってる」


 迷いのない言葉と視線だった。


 風が、静かに吹き抜ける。


 ふと彼が、少しだけ目を逸らして呟いた。


「……たまには、聖女にも『休息』があってもいいと思うんです。今日の式典の功労者に、少しくらい……ご褒美があっても」


「ご褒美……ですか?」


「ええ。明日は休日にしておきました。よろしければ……私と城下町を回りませんか?」


「……え?」


 不意の誘いに、私は言葉を失った。

 皇子の表情は相変わらず淡々としていたが、耳がほんの少しだけ赤い。


(……皇子。かわいい、かも)


 あたしはクスリ、と笑って、


「……では皇子。ご案内、お願いしても?」


「喜んで」


 テラスの向こうに、夕焼けが広がっていた。

 ほんの少しだけ、胸があたたかくなった。

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