【第6話】王国、崩れ始める
王都エルズレイン。
栄華を誇ると言われたその街に、ここ最近、異変が起きていた。
人々があちこちで苦痛や疲労を口にしていた。
「……最近、疲れが取れませんな」
「私もだ。どうにも体が重くて仕方がない。昔はもっと動けたんだが……」
「畑の作物が枯れ始めておる。日照りでもないのに、どうしたことだ?」
商人たちがざわつき、貴族が訴え、民が不安を口にする。
原因は──誰もがなんとなく、うすうす気づいていた。
王立学園では学長と王子が話し合ってる。
「やはり、第一王子様が『聖女』を追放したのが……まずかったのでは……?」
「バカな! あんな散歩女一人が、国に影響を与えるはずが……!」
王子の顔がストレスで険しくなる。
「しかし、あの頃は病人も治り、作物も育ち、街には笑顔がありました……今は……それがないのです」
ドン、と扉が開く。
騎士オレステイアが険しい顔で、王子に向かって書状を突き出す。
「失礼! 国王陛下より、第一王子アーシュ殿へ、王宮に来るようにとの王命が下った」
「何!? 父上は最近の魔物災害を調べる為、辺境にある大図書館に向かっていたはず」
「急ぎ帰って来られたのですよ! 国の一大事なのでね!」
オレステイアは険しい真顔を第一王子に向け続けている。
「っち。しょうがない。学長、俺は行ってくる。王命だから公欠扱いで単位は出しといてくれよ」
「は、はい……」
と学長は弱弱しく返事した。
◇ ◇ ◇
「なぜ、聖女リリア様を追放した! 説明せい!」
玉座の間で、王は声を荒げていた。
前に跪いているのは──宰相の息子フォン、軍団長の息子ドゼー、大商人の息子ボウル。そして……第一王子アーシュ。
「あいつに様付けなんて」
国王は第一王子に対し、ドン! と椅子の腕駆け部分を叩くことで意思を示した。
国王に王子はたじろぐ。
「そ、それは……リリアの言動に問題があると……」
「言動? 舞わず祈らず、散歩ばかり? だから追放だと? お前はあのスキルの効果を確かめたのか!」
「だ、だって……民が騒いでいたんです! 税金泥棒だと! 一億ゴールドもかけて、何の成果も──」
「どこの不届き者だ、そんな馬鹿ども!」
王子の言う民とは、新聖女に立候補したエルミナだと大商人の息子ボウルだ。多数の意見でなく、少数の意見を『民』と表現したに過ぎない。
「成果がなかっただと! 今の街を見てみろ! 民は疲弊し、土地は痩せていっておる! それが『何の成果もなかった女』がやっていたことなのか!? 聖女リリアの力は歴代の聖女の中でも高いのだぞ!」
アーシュは唇を噛み、視線を逸らす。
ふと、宰相の息子フォンが小さく呟いた。
「……あれは、嫉妬だったんです」
「なに?」と国王。
「リリアは……民にも貴族にも、あまりにも慕われすぎていた。『聖女様のおかげです』『今日もお姿を見ました』と、誰も彼もが彼女の話をする……それで俺達は嫉妬して、彼女を追放しようって」
声が震えていた。その告白を聞いたドゼーとボウルも蒼白になってる。
ただ一人、第一王子アーシュだけは鼻で笑う。
「……正直、面白くなかったんです。俺たちは……俺たちは……あの女に頭を下げたくなかったんですよ!」
王の眉が深く寄る。
「なんという……愚かなことを」
◇ ◇ ◇
同じ頃。
王立学院の講堂にいたエルミナは、一人膝を抱えて座っていた。
「……なにが『散歩聖女』よ。バカみたいなあだ名の癖に、化け物並みの天才だっただなんて」
ふと目にした報告書には、『帝国で魔物が殲滅された』という情報があった。
現れたのは『元聖女リリア』。魔物に接近しただけで癒し、浄化を起こしたという。
「そんな……私が……あの人より、劣ってるって言うの……?」
震える指先で、机を握りしめる。
魔力を込めても込めても、動植物も人々も元気にならない。
「──うそよ……私の方がずっと、真面目に『聖女らしく』生きてきたのに……!」
だが、結果は明らかだった。
舞っても、祈っても、花を飾っても、誰も癒されなかった。
誰も、自分に微笑みを返してくれなかった。
(……私たちは、あの人の『力』が羨ましかっただけ)
(そして──それが、自分たちには絶対に得られない『本物』だと、痛感する)
その事実を、エルミナ達が受け入れるには……実感が必要だった。
天才聖女のいない国。
それが衰退し荒廃していくという実感が。
◇ ◇ ◇
その夜、王は再び王子アーシュに問うた。
「お前は……後悔しているのか?」
「……いいえ、全く?」
即答だった。
目は虚ろで、けれどプライドだけは決して崩さなかった。
「俺が間違っていたとは思いません。俺は……正当な判断を下した」
「──ならば、その『正当な判断』の責任は、必ず取らせるぞ。国王として、だ」
アーシュの喉が小さく鳴る。
その背中に、かつての覇気はなかった。
「帝国に行って、聖女リリア様に頭を下げてこい。でなければお前から王位継承権を奪うことになる」
「!?」