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【第4話】聖女、帝国に迎えられる

 犬型魔物ケルベロスの襲撃が鎮まり、街にようやく静寂が戻った頃。


「馬車を用意しました。どうか、帝都までご同行いただけますか?」


 帝国皇子アレクサンドロスは、まっすぐに私を見てそう言った。

 騎士団の面々も、一斉に頭を下げている。


「もちろんです。ご案内、ありがとうございます。でも、この子もまだ元気なので」


 とあたしは馬を指差す。


「長旅なら、馬も疲れますよ」


 と皇子が言うと、馬は「ひひーん!」と元気な声を出した。

 あたしが加護したから体力は回復してるのよね。


 しかし御者が、


「聖女さま。あっしの馬車は王宮に行けるほど豪華じゃねえ。ここは皇子の提案に乗った方が無難ですぜ」と言う。


 そうか。

 かつての王国では王子の口利きによって馬車も平民並みの扱いを受けてたから感覚が麻痺していたようだ。

 聖女とは、王侯貴族並みの扱いを受けて当然。

 なのに庶民級の扱いに慣れてしまっている。

 王侯貴族と接していくなら、この程度のふるまいをできないとダメだ。

 王国での扱いに慣れてるの、止めないとね。


 よし。

 私は静かに頷いた。


「ではご厚意に甘えます、皇子、ありがとうございます」


「! えぇ。ようこそ、聖女さま!」




◇ ◇ ◇


 それから数日。

 広大な帝国の大地を抜け、帝都ヴァルファレンスへと到着した。


 ──そして、私は目を疑った。


「……豪邸、というより……お屋敷? いえ、これは……宮殿?」


 案内された先は、聖女専用の迎賓館。

 白を基調とした広大な館で、噴水庭園にバルコニー付きの執務室、専属メイドと料理人付き。

 完全に国賓待遇だ……っ!


「す、すごい……!」


「お気に召していただけましたか?」


「えぇ、勿論!」


「先代の聖女様が住まわれていた邸宅です。リリア様には、こちらでお過ごしいただくことになります」


 さらりと説明するアレクサンドロス皇子。

 まるで当然のように言われたが、待遇が良すぎて逆に落ち着かない。


(散歩女にこんな屋敷……)


「……どこか、気に入らないとこでも?」


「いえ……すごく、いいと思います。豪邸なら、良いなぁとか思ってましたから」


 冗談めかして返すと、アレクサンドロスはふっと笑った。

 この人、何考えてるのか分からないけど、よく笑うなぁ。


「皇子。ところで、ひとつお聞きしても?」


「なんでしょう?」


「なぜ、そこまでして私を探してくださったんですか?」


 少しだけ、空気が変わる。

 皇子は視線を逸らし、空を見た。


「……先代の聖女が亡くなられてから、帝国では魔物災害が急増しました。被害は年々拡大し、国力の衰退も避けられなくなってきた。“聖女がいなければ、国は滅ぶ”──その言葉を、私たちはようやく理解したのです」


「……」


「だから、各国に密かに情報員を送り、次代の聖女を探した。そして、王国から追放された“歩くだけで人を癒す女”の噂を聞きつけました。……愚かですね、王国は。ケルベロス相手にあれほどの加護ができる聖女はそういないでしょうに」


「うふふ」


「でもその王国の愚行のお陰で、わが国は貴方を招くことができた。貴方の存在は私達にとっては“救い”でした」


 まっすぐな目が私を捉える。

 この人、ずるいくらい、目が綺麗だ。


 しばらく沈黙が続いたあと、皇子が優しく言った。


「今夜はゆっくりお休みください。明日から、少しずつ帝国の状況をご説明します。

 ……無理にとは言いませんが、あなたが力を貸してくださるなら、この国は再び立ち上がれます」


「……そのつもりで来ました。すでに魔物も倒しましたし」


「……頼もしいですね」




◇ ◇ ◇


 その夜、私は宮殿の広すぎるベッドの上で、天井を見つめながら考えた。


(先代の聖女……死んでから、国が弱くなった?)


 そして今、私の“加護”が目に見えて現れたということは……。


「……やっぱり、私はただ散歩していたんじゃなかったんだ」


 自分では気づかぬうちに、多くの人を助けていた。

 “祈らず、舞わず、ただ歩いていた”──それでも、力はあった。


 今さらながら、ようやく実感が湧いてきた。

 労働者は偶に感謝してくれたけど、王立学園の人達はまるで感謝してくれてなかったからな。


「……やっぱり、ちゃんと“働いてた”んだ、私」


 小さく笑って、私は目を閉じる。


 帝国の風が、心地よく吹いていた。

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