【番外編3】月下の庭園。聖女と皇子
帝国城の裏庭。
夜の静寂のなか、あたしとアレクサンドロスは並んで座っていた。
聖女としての仕事を終え、二人で仕事終わりに談笑中。
空には満月、花は夜露で濡れて輝いている。
「昼は人が多いから、こういう時間の方が……好きです」
そう言ったあたしの正面で、皇子がささやく。
「君がいると、元気が出る。どれだけきつい仕事をしても、優雅に過ごせるね」
「うふふ」
「それに……俺、他の誰にもこんな気持ちにならなかった」
「こんな気持ち?」
「うん」
あたしが視線を伏せると、皇子はあたしの手にそっと手を重ねる。
えええ。
は、恥ずかしいなぁ、もう……!
「リリアの手、冷えてる。……温めさせて?」
「は、はい」
ぎゅ、と手を握られるだけで、炎系魔法よりも温かい。
「そうだ。おい君、紅茶と焼き菓子を持ってきてくれ」
と皇子は侍女を読んだ。
侍女は専属のシェフにすぐに用意させて持ってきてくれた。
あたしが好きなローズティーが来た。
思わず、その香りに頬をゆるめてしまう。
良い香り~♪
「リリア」
「は、はい」
あたしを見て、皇子は真剣な目で言う。
「君の笑顔を見ると、……この世界に戦争なんてあっちゃいけない気がしてくる」
「また、そういうことを……」
「違う。これは“本音”だ」
「うふふ」
あたしは少し笑って、カップをそっと戻す。
皇子のこういうノリ、嫌いではない。
「じゃああたしも本音を言いますね。……あなたとお茶を飲むのが、一番好きな時間です」
「……」
皇子は少しそっぽを向く。
耳は赤くなってる。
「そうか」
「はい」
「俺もだよ」
「っぶ」
とあたしはついつい、お茶を少しカップに戻してしまう。
「大丈夫? 咽た?」
「げほ、げほ、大丈夫です」
「……君、あれを持ってきて」
と皇子が侍女に行ってとってこさせたのは、白い包み。
それを空けると、赤いバラの花束。
「わぁ」
「リリア。……いつもの感謝をどうしても伝えたかったんだ。ありがとう」
「……あ、あたしがやってるのって、ただの散歩ですよ?」
皇子はムッとして、
「君の『ただの散歩』で、村が、町が、国が救われた。……俺たちにとっては、それが奇跡」
「……わたしにとっては、あなたの隣にいれることが、一番の奇跡です。とても落ち着きます」
ドラゴン狩りとか生きた心地しなかった。
ドラゴンブレスを吐かれたた時は死を覚悟した。
特にエンシェントドラゴンは危なかったなぁ……。
騎士隊長たちの連携攻撃さえ効かなかった。
どう倒したのか未だに思い出せないくらいだ。
「じゃあ、俺の隣にいていいから、リリアの隣……永遠に俺のものでいてくれる?」
っく。
なんて返せばいいんだろう。
「……べ、別にいいですけど、勘違いしないで下さいね? 嬉しいなんて、ちょっとしか思ってないんですから」
「それ、断らない時の君の返事だよな?」
「……ご想像にお任せします」
アレクサンドロス皇子は「ははは」と明るく笑う。
「ねぇ、リリアって本当に聖女っぽくないよね?」
「そうですね。威厳がもっとあればいいなって自分でも思います」
「いや、リリアはそのままでいいよ」
「?」
「俺、『聖女』としての君には興味ないんだよな」
「……え?」
「俺が好きなのは、『リリア』なんだ。笑ったり、意地を張ったりする、君の全部が好きだ」
あたしは驚きのあまり、言葉を失った。
聖女じゃなく、あたしとして評価してくれてるってこと?
皇子は椅子を引いて隣に座り、ひとこと。
「だから、君が王国に戻るなんて……絶対に嫌だ」
「皇子」
「?」
あたしは立ち上がって、皇子に少し近づく。
「あたしの居場所、ここだけですよ」
「わ!」
あたしは皇子の胸に飛び込む。
どこより愛おしい、大好きな場所に。
「アレクサンドロス皇子、この場所は手放しませんよ?」
「……」
皇子があたしをギュっと抱きしめ返してきた。
ど、どっひゃああああ~~~~!!!!
「こちらこそ」
「わ、わわわ!」
やられるのは、恥ずかしい!
そう思ってあたしは、なんてことのない幸せな時間を過ごすのだった。




