【第2話】追放された聖女、泣かれる
馬車の車輪が、静かに土を踏む音だけが、あたりに響いていた。
王都を離れる道は、見慣れたはずなのに、今日はやけに遠く感じる。
窓の外を眺めながら、私は小さくため息をついた。
(……結局、こうなるのね)
王子の命令で聖女の職を解かれ、あっさりと見捨てられた。
でも不思議と、怒りや悲しみはあまり湧いてこなかった。
「ただの散歩女」と言われるのも慣れっこだったし、舞や祈りを嫌っていたのも事実だ。
けれど、それでも。
歩くだけで人が癒え、土地が潤うのなら──それが私の“祈り”だった。
「リリア様っ!!」
遠くから、必死な叫び声が響いた。
振り返ると、馬に乗った騎士団長オレステイアが血相を変えて駆けてくる。
息子に聞いたのだろう。あんな早馬を走らせてくるなんて。
「御者さん、止めてください」
馬車を止めさせると、オレステイアは馬から飛び降りる勢いで駆け寄ってきた。
肩で息をしながら、目に涙を浮かべている。
「どうして……どうして、何も言わずに行こうとするんですか!」
「……最近、皆が冷たくて。これ以上の関係改善は見込めないと思いました。でも一つ言っておくと、オレステイアさんの息子、リオンさんは、私の味方でいてくれました。でも、もう終わったことなんです」
「終わってなんかいません! 俺は、リリア様がいなくなるなんて、絶対に納得できない!」
彼の声は震えていた。
拳を握りしめて、それでも私に近づこうとはしなかったのは、騎士としての礼節だろう。
「私は、神器の貸し出しを禁じられ、金銭の支給も断たれました。……あの国に、私がいても仕方ないんです」
言葉を飲み込みながら、オレステイアは目を伏せる。
「でも……っ」
「ありがとう、オレステイアさん。最後まで私を見送ってくれて」
私が微笑むと、騎士団長の目から涙がひとすじ、頬を伝って落ちた。
「っ……行かないでください。お願いします……!」
その涙を、私は見るに耐えなかった。
けれど、振り返らない。もう、戻るつもりはなかったから。
「大丈夫です。私は平気。どこかに、私を必要としてくれる場所があるはずですから」
馬車の扉を閉じると、オレステイアの声が遠ざかっていく。
「……リリア様……!」
さようなら、オレステイアさん。
ありがとう。あなたのその気持ちだけで、十分です。
◇ ◇ ◇
リオンとオレステイアに「出て行かないで」と言われる前の時間。
夕方、宿の窓辺から見える星空を眺めながら、聖女はひとり、呟いた。
「“散歩ばかりの聖女”か……」
くすっと、喉の奥で笑う。
「さて。これから、どこへ行こうかしら。あてはないけど聖女なら路頭に迷うことはないでしょうけど」
そのときだった。
部屋の扉をノックする音がして、旅の宿の主人が顔をのぞかせた。
「聖女様、あの……変な封蝋のついた手紙が届いております。差出人は、帝国だそうです」
「帝国?」
あたしは封を切ると、手紙を広げた。
──「現在、我が帝国は魔物による災害に苦しんでおります。
貴女様の力を、ぜひともお貸しいただきたく存じます。
一年あたり二億ゴールドの謝礼をご用意しております──」
ふっと息を吐き、あたしは窓の外を見た。
(……ふふ。二億ゴールド? ずいぶん盛ったわね)
でも、その必死さに、心が少しだけあたたかくなった。
あたし、評価されたいんだな。だからこそ、皆の前で吊し上げをした王子たちを許せないでいる。
帝国は先代聖女が死んでから国力は弱体化を辿ってるという噂だ。
魔物の活性化と民に対する癒しが無くなってるという。
なら、少し大変かもしれないが重宝されるかもしれない――この王国と違って。
「……行ってみようかしら、帝国。散歩の延長で」
聖女は新たな旅を始めることに決めた。