【第1話】聖女、散歩ばかりで追放される
王国王立学院の大広間。
天井から吊られた水晶のシャンデリアが、カツリ、と音を立てた。沈黙の中、第一王子アーシュの声が響く。
「聖女リリア! 突然だが、君を追放させてもらう!」
あまりにも突拍子のない言葉に、私は一瞬きょとんとしてしまった。
「……追放、ですか?」
「そうだ。君は、舞も祈りもせず、散歩ばかりしている。聖女として不適格だ」
周囲には貴族たちが並び、私の裁定を見守っていた。宰相の息子フォン、軍団長の息子ドゼー、大商人の息子ボウル、新聖女のエルミナに皆が頷いている。
「……理由はそれだけですか?」
「それで充分だ」
私は、静かに視線を巡らせた。
その中にいたのは、かつて私の唯一の親友だったエルミナ。彼女もまた、追放に同意するかのように、目を逸らした。
彼女は魔法の才能が高く評価され、あたしの聖女魔法を熱心に学び聖女魔法が使えるようになったと言われてる。親切に教えてたけど、このように恩を仇で返されることになるだなんて。
「何故このようなことを?」
「俺が一番人気でなければいけない! お前は才能がありすぎる! 人気者過ぎて目ざわりなんだよ!」
(なるほど……私の“人気”が、鬱陶しかったのね)
舞わず、祈らず、ただ散歩をしていた私に、人々が感謝を口にした。
どこを歩いても笑顔で迎えられ、病人が回復した、作物の出来が良くなったと噂された。
けれど、それは私がなにか意図してやっていたわけじゃない。ただ歩いていただけ。……それだけだった。散歩聖女と馬鹿にもされたけど、評価はしてくれないのね。
頑張って、沢山歩いてきたのに。
評価をされないなら、いてもしょうがない。他の国なら評価してくれるかもしれないから出ていきましょう。
「分かりました。お元気で」
私は一礼し、裾を翻す。
華やかなドレスが空気を裂き、大広間を静かに去っていく。
王立学院での私の生活は、これで終わった。
◇ ◇ ◇
「な……何を考えられてるんですか、第一王子!? リリア様を、追放だなんて!」
その日の夕刻。
騎士団長の息子――リオンは血相を変えて、第一王子に詰め寄っていた。
「リリア様がいないと……本当に、大変なことになりますよ?」
「うるさい! あんな散歩女、いなくなれば清々する。税金泥棒め」
誰に聞いても、返ってくる言葉は同じだった。
リオンは茫然と口を開ける。
「舞もしない祈りもしない女に、一億ゴールドの歳費? 冗談じゃない」とフォン。
「税金でただ散歩してるだけの人間に、国の未来は託せない」とドゼー。
「庶民の方がよっぽど働いてるわ」とボウル。
リオンは、悔しげに拳を握りしめた。
「これまずいだろ。俺は一緒に仕事したことあるけど、リリアさんの加護は歴代聖女の中でも強いんだぞ? それを、何も評価しないどころか吊し上げして追放だなんて……」
彼は、こっそりとリリアの屋敷へと向かった。
屋敷の前には既に馬車が待機しており、荷物が積み込まれている。
リオンは驚愕し、叫ぶ。
「リリア様っ!」
「……あら、リオンさん」
聖女リリアは相変わらず微笑を崩さず、淡々と対応する。
「行かないでください! お願いです、せめて話し合いを――!」
「神器の貸し出しを禁じられ、金銭の支給も打ち切られました。ここに居続ける理由はありません」
「あの……馬鹿王子たちめ!」
リオンは、その場で膝をつき、肩を震わせて泣いた。
「不敬な発言は慎んだ方がよろしいかと」
「貴方を追放するなんて……馬鹿ですよ。これからどんな問題が起こることか」
「……リオンさん、お元気で」
その姿を見ながら、リリアは静かに馬車に乗り込む。
淡い光の中、馬車はゆっくりと、王都を離れていった。