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コッカトライス~囚われの令嬢はモブ兵士をもって偽りの英雄たちを制す~

作者: 吉村吉久


「これより敵の残党狩りを行う! 容赦はするな!! 殺せ! 敵兵は容赦なく殺せェ!!」


 ゼリルラント帝国の歴史ある要衝ベルカスコエポレチノエ城塞にアイゼリン王国の旗が並んでなびくと、連合軍総司令官で第二王子であるフレグナムからげきが飛ばされる。


 そして帝国で22歳の若き総司令官カイザルの戦死が伝えられると、未だに1万5千程度の兵数を保持している帝国軍は散り散りに逃亡し、帝都ゼートリムの略奪が開始される。


「おのれ、帝国の誇り、最期まで見せてやろうぞ!」


「トォリャァァ!!」


 ひぃぃ、ギャァァ……!!


 雑魚兵士の一人ジャクエスは、百人隊長の重装歩兵ダロンと共に都市同盟四天王の一人、ファントスへと立ち向かうが、ダロンは言うが早く、ファントスの大剣の剣風で上半身を吹き飛ばされ、ジャクエスは剣で一応は受けたものの、猛烈な力で剣ごと頭部を吹き飛ばされ、周囲に脳漿のうしょうや臓腑を飛び散らせて21歳の生涯を終えた。周囲も同じような道を辿る。


「お兄さま……そんな……!」


 カイザルの妹、17歳のリーゼエリンは真っ赤に燃える帝都から離れた城塞近くの屋敷で、兄の戦死の報を聞くと泣き崩れた。


 兵たちは多くが帝都防衛にあたっており、今は年老いた使用人や召使めしつかいのみ。


「リーゼお嬢様。ここは私が、この屋敷の主の格があることをアピールする以外に生き残る方法はありません。私はどんなはずかしめでも受けます。お嬢様の命のためであれば」


「ファンナ……!」


 20歳の召使ファンナは常に冷静でリーゼエリンの命のことを第一に考えた。


 やがて王国兵士たちが押しかけ、館を破壊していった。


 ファンナは略奪の罪で拷問と凌辱に遭い、戦争の犠牲者の一人となった。


 帝都でも、娘の第五皇女に裏切られた重病の皇帝ルゼイオンが王都ヴェーンに屈辱的な恰好で引き渡され、国の終焉を民は嘆いた。


 リーゼエリンは国の歴史が一瞬で崩れていくようで悲しかった。


 そしてファンナの犠牲の賜物で彼女は助命され、婚約破棄をした第二王子フレグナムの下で働くことを許されたのだった。


 最大の屈辱である。



――



 屋敷にて。


「ベルゴリーク公爵令嬢も、一瞬でただの雌奴隷に落ちぶれた訳だ。こうなれば惨めなもんだね。ボクは兄のゲオルクよりも大勢力になったというのに」


「さすが頭の切れるフレグさま。我が父や兄たちの無能さや帝国の終焉も読んでいたしリーゼエリンのような死に損ないの小娘には、初めから分不相応な身分だったのだわ。脳無しの熊の子。殺されなかっただけマシだと思いなさい」


 フレグナムと晴れて結婚した19歳の裏切り者、第五皇女ベリルマリス・ナイズ・ゼリルラントがフレグナムに寄り添うようにしながら、下級メイドの服装をしたリーゼエリンを罵倒した。


(なんたる屈辱、これが続くなんて耐えられないわ……!)


 リーゼエリンはフレグナムの下級メイドとしてだけでなく、四天王筆頭ファントスの屋敷の世話もしている。


 フレグナム、ファントスともに短気で荒っぽく、ベリルマリスは何かすれば嫌味しか言わないので、機嫌を損ねないよう、毎日苦労続きで頭がおかしくなりそうだ。


 ベルゴリーク家の誇りベルカスコエポレチノエ城塞は解体され廃墟と化している。


 嫌でも耳に入る事情や鬱憤うっぷんが蓄積されていく。


(わたしだけではなく、お父さまやお兄さま、そして我が祖国のことを……絶対に、決してこの二人を許すものか……!!)


 元々、内向的で執念深い性格のリーゼエリンは、復讐の負のエネルギーが限界に達した。


(わたしは本当に無力だ。でも、今ではこの一月ひとつきの間に王子や皇女、館の連中から垂れ流しになった情報から、帝国が崩壊した要因や謀略が時系列を追って分かる……)


 突如思い立つと、髪からコッカトライス(コカトリス)があしらわれたバレッタを外す。


 5年前に流行病で亡くした母の形見だ。


 この怪物にはある本によれば「槍で襲われるとその槍を伝って相手に毒を送り込む」といった伝承があった。

 トイレの裏手に出たリーゼエリンは、しゃがみ込んでバレッタを握りしめる。


「コッカトライスよ、わたしをかつてのゼリルラント帝国の在りし日に戻しなさい。そして、わたしのかたきであるフレグナム王子と裏切り者ベリルマリスに天罰を……!」


 カッ……!!



 リーゼエリンは、バレッタが閃光を放つという出来事に驚いていたが、意識は失われ、そして時間の波に呑み込まれて暗黒へと吸い込まれていった。



――



「お嬢様……」


 その声は間違いなく召使めしつかいで姉のようなファンナのものだった。


「……はっ!」


「リーゼお嬢様!! 良かった……急に意識が無くなられたようなので、心配しておりました」


 リーゼエリンは髪に触れて確認し、そこにコッカトライスのバレッタが無いことを確認する。


 願いは届けられたのだ。



 しかし――


 ガラッ……


 帝国の紋章を付けた若い兵士が、髭を生やした館の守備兵とともにリーゼエリンへと近づいてくる。


 兜を外しただけのどこにでも居そうな歩兵の男、それも傷一つない。


 だが息を切らしており、喋るのもやっとなほど疲れている。


「……も、申し上げます……ゴ、ゴダード公爵閣下、お討ち死にされました」


 (お父さまが……! 間に合わなかったようね。でも……)


 リーゼエリンはこのとき、父が死亡したことで確か泣き崩れてわめき散らしたはずであったが、今では涙一つ流さず、状況を冷静になって整理してみた。


・オルバス平原の戦いで父・ゴダードが死亡

・王国との停戦は破棄され、第二王子フレグナムが総司令官として帝都に侵攻中

・跡を継いで公爵となった兄カイザルはこの時点で城塞に移動

・皇帝ルゼイオンの第三皇子であるリガインが帝国軍を率いて出撃

・帝国とゴダードの軍がまだ戦っているため、敵本隊が帝都に到着するまで時間がある


 思案していると、デジャヴのように髭の守備兵が痩せた若い兵を外へと連れ出そうとする。


 確かにリーゼエリンもこの時点で守備兵がこの兵を追い出すのが無難だと感じた。


 無傷であることからスパイの可能性の方を疑ったためだ。


「承知した。お前はさっさと守備に戻れ。そうだな……裏手の城塞あたりがよかろう」


 守備兵は「帝国兵とは認めた」という最低限の言葉で若い男を付き返そうした。


 まっとうな対応といえるだろう……実際、館の現在の主は17歳の小娘リーゼエリンで非常に脆弱であり、攻撃があればたまったものではない。

 

「お待ちください!!」


 リーゼエリンは意を決してここから未来を変えようと彼を呼び止める。


「お嬢様……その、このような怪しげな男は敵のスパイやもしれぬのですぞ?」


「あなた、あの城塞の名前は?」


「ベルカスコエポレチノエ、ですよね?」


 若い男が淀みなく言えたことでリーゼエリンは頷くと、


「では、どうぞ屋敷にお入りください。ファンナもこっちに来て」


「えぇっ?!」


 髭の守備兵が驚くのを無視し、二人を二階の自室へと案内する。


 先輩召使ともいえる60歳になるエリザを呼び、この部屋には誰一人入れず、聞き耳を立てないようにと指示を出した。


「では、二人とも、そこに座って」


「は、ははっ!」


「はいっ……?!」


 そして彼女は自分の書斎に腰掛け、そして思案する。


 この戦争で負けた原因は沢山あるが、どれかが欠ければむしろ、負けなかった可能性が高い。


・難攻不落である城塞の陥落

・総司令官となった兄・カイザルの戦死

・これら+援軍の見込みなしという絶望による帝国兵たちの士気低下


 王国・都市同盟側はこの時点で3万以上の大軍だが、帝国側も2万の兵力がある。


 攻撃側は3倍以上の兵力が必要と言われているため、ここに2万のうち5千の詰める難攻不落の城塞があれば普通に考えれば無謀極まりない攻撃だが、皇帝は皇子ではなくカイザルに国の総司令官を任せた結果、帝都の指揮力が手薄になり、リガイン率いる帝都防衛軍との連携がとりにくくなっている。


 続いて、もう少し細かい条件を挙げてみる。


・帝国最高の弓兵アルヴィングが買収され、毒矢で兄・カイザルを暗殺

・ベルカスコエポレチノエ城塞の南東の城門を故意に開けた第五皇女ベリルマリス

・ヤスノフ率いる自警団による帝都への放火による城塞と第三皇子軍の連携の遮断

・都市同盟軍師で四天王の一人ガンダールによる隙のない采配

・帝国の商人ギルド買収による情報収集機能の低下

・マルテル教会の王国寄りの司教コジモによる連合軍への補給物資の調達


 最低でも兄の死を止め城塞を守らなくてはいけない。


「ファンナ」


「はい……?!」


「あなた、よくわたしに似ていると言われてきたわね」


「えぇ……いや、そんな、私などリーゼお嬢様の美しさには敵いません」


 あなた、名前は?


 若い男に話が振られる。


 暑いらしく、チェインメイルを脱いで薄着になっている。


「じゃ、ジャクエスと申します。お、おれは、二人とも同じに見えなくもありません。いやお二人とも美しいです……そっくりだ」


 少しだけ間を置いて、


「だ、そうよ、ファンナ。あなたは、これより服装を入れ替えるのでベルゴリーク公の娘、リーゼエリンとして振る舞いなさい。普段からわたしを見ているあなたにしかできないことよ」


「は、はい……」


「じゃあ、服装を変えるから、ジャクエスは後ろを見ていなさい」

 

 着替えは少し手間取ったが、確かに同じような体型であっさりと終わった。


「はい、終わりました。いかが? 似てますか?」


「え、えぇ……確かにそっくりですけど、その……スカートを長くしたりしないと傷が目立つし、帽子を被るなどして顔の見える部分少なくした方が良くないですか? それに髪型が違う。お嬢様のは確か……ダブルシニヨンでしょう」


 ジャクエスはリーゼエリンの格好をしたファンナを指さして言った。


 ファンナは普段の作業などで予想以上に傷だらけで、顔色も良く無く、やや地味顔立ちである。


「いえ、そっちは良いの。「わたしが」「ファンナとして」行動するのだから……」


「お嬢様、いくらなんでもそれは……」


「リーゼエリン様、いったいあんた、何をしようとしてるんです?」


 ジャクエスもさすがに目的が分からず、戸惑っている。


 リーゼエリンがジャクエスに視線を合わせ、鋭い口調でまくし立てる。


「戦争です。わたしが城塞に入り、全てを終わらせます!」


「えぇっ、リーゼ様があの武骨な要塞に……冗談でしょう」


「時間が無いの。わたしはやれる限りの書簡を「父の名前で」作るわ。その間に二人は、小さくて価値の高いものを集めて頂戴。それを持って出るわ」


 リーゼエリンは早くも父の執務室に入り、書簡を父の文体を真似てすらすらと書き、参戦日から丁度良いくらいの日付を合わせて印を押す。


 また、公爵家ほどになれば教会の司教クラスの印もあるため、連判状を作ることも容易いのであったコジモよりも高位にあたる、ロレンツ司教、ブレンザ司教の名を使ってコジモからの連合軍支援を封じにかかる。


「では、行ってきます。わたしに「もしも」の事があれば、あなたが代わりに公爵令嬢になりなさい、ファンナ」


「お嬢様、そのようなことは……」


 少しばかり不安なリーゼエリンの額には汗がにじんでいたが、ファンナはそれ以上に狼狽する。


「はい、行ってらっしゃいませ、おれはここを死守いたします!」


「いえ、あなたには来てもらうわ、ジャクエス。脚が速くなければ無傷では済まない……つまり、今のわたしには、脚の速いあなたが必要なのよ。護衛なさい」


「えぇ……? どうして一目でそれを?!」


 ジャクエスは呆気に取られていた。


 兜を被りなおすと、右手で左肩に手を置いて


「はっ、お供いたします、お嬢様ッ!!」


 剣を握らせてもぎりぎり一人前、人を殺したことがなく、他の武器はまるで駄目という、辛うじて帝国の正規兵をしているジャクエスにとっては栄誉ある任務だった。



――



「ところでジャクエス、あなた、自警団のヤスノフというお方はご存じで?」


 召使の格好をしているリーゼエリンが歩きながら訊く。


 城塞が目前にそびえ立っており、いかに強固な場所かが分かる。


「あ、あぁ……おれにとって親分みたいな存在ですよ。ガキの頃は仕事が無かった。だから、自警団の下働きとかやってたんです。何か?」


「そのヤスノフさんが街に火を放つそうです。自警団総出で。阻止しなさい。それから……これは可能ならですが、父の名を使った密書です。商人ギルドの誰かに「緊急で」ということで渡しておきなさい。中身は読まずに」


 正面に黒いマントを羽織った兵士の一団が見える。 


 通信使の一団で、ゼリルラント帝国では伝統的な服装だ。


「おや、丁度良いところに……では、わたしも仕事があるので、命に危険がなく上手くいくよう願っていますわ。任務が終わったら城塞の南西門で待機していてくださいね。どうかご無事で」


「……はっ、お嬢様こそ」


 書簡と財宝の一部を渡すと、兜に隠れ表情の見えないジャクエスと別れてリーゼエリンは一目散に通信使の方へと駆けていく。


「止まれ! そこの女、何用か?」


 通信使の中の騎士と思われる身分の高そうな男が馬から声をかける。


「……その、ベルゴリーグ公のお屋敷から、このようなものが」


「ゴダード公爵……まだ45歳でしたかな。亡くなられた閣下の文書か……お預かりしよう……もっとも、それが本物かを調べるのも我々の務めであるがな」

 

 その二通の書簡は確かに回収された。


 あとはこの城塞にどうやって侵入するか。


(最悪の場合は……これを使うわ)


 懐に忍ばせてある最後の文書は、「ベルゴリーク公爵館のファンナ・マルゴメリを城塞の守備兵の一員として加えること。必ず帝国のために役立ってくれるであろう」という父自らのものだ。


 近づくにつれ、弓や石弓で狙いを付けられているのがはっきりと分かる。


 武装した男であれば、容赦なく射殺されているだろう。


 リーゼエリンは何気なく上を見上げた。


 この時間ならば。


(……お兄さま!)


 上を見ると、兄・カイザルが立派な鎧とマントを着て、側塔そくとうの部分から下を眺めているようだ。


 兄はじっとしていられない性格で、すぐ前線の様子を見ようとする癖がある。

 

 リーゼエリンは頭の布から紋章の入ったカチューシャを見せ、兄に合図する。


「……!!」


 カイザルは声を上げず、「あの馬鹿」といった感じで慌てて退散していった。


 兄によって強引に城塞の中に引き上げられていく。


「リーゼ、屋敷でじっとしていろと言われているだろう! 父上があのようになった以上、俺が司令官としてここを死守せねばならん。偵察によれば、既に敵の斥候との小競り合いがあったとのこと。早ければ数刻後にはここは戦場になるぞ。それにその召使のような格好は何だ……出るか、牢屋に寝床があるから入れてもらうか決めろ。戦闘への参加は許可しない」


「お兄さま、いくつか確認したいことがあります。まず、弓兵の多くいる一番高い位置を案内していただけませんか?」


 カイザルは踵を返して城壁の階段を上っていく。


「……早く来い。そろそろ城の兵たちが飯を食う時間だ。静かに頼むぞ」


 兄は黙って行動を起こすことが多い。


「ここだ。疲れていないか?」


 かなり高いところまで上ったはずだ。


 それにしてもこの巨大な要塞、5千が詰めるだけに、攻めるにしても至るところにある防衛装置、複雑な作りは混乱を招くだろう。


 内部事情を知る者がいない限り攻略は難しい。


「良い空気だな。だが、ここは昔より我らベルゴリーク家の誇りにして難攻不落だ。10倍の敵であっても跳ね返してみせよう……父上の無念を晴らし、民を守るためにも俺は戦争をしなくてはならぬのだ……」


 兄が案内した屋上と思われるスペースで、リーゼエリンはせわしなく歩き回った。


 食事の時間らしく、8割程度の兵たちはしばしの談笑に身を委ねていた。


 しかし、一部の弓兵は警戒を怠っていない。


(チャンスだわ……)


 アルヴィングという弓兵の外見は40代で瘦せ型、帝国一の腕前と聞く。


 あちこち回っているうちに、すぐに目についた男は、ブロンドの短髪にキツネ目の疑い深そうな顔つきで、所持している弓は数挺あり石弓ではあるが、かなりの値打ちのものに違いない。


 公爵令嬢として生きてきた短い人生で、武器の価値すら分かってしまう自分が情けなかった。


「あの、お食事はされなくてもよろしいのですか?」


 声をかけられたアルヴィングと思われる男は、若い女が現れたこと自体に驚いているようだ。


「……あ、あっしですかい? そりゃァ、食事はしたいですが、これからわんさか敵が来る訳ですから、そうもいかんのですよ。それに、他の奴ァ頼りにならねェ。見張ってなきゃ、連合の暗殺者どもが帝都を襲ってきたらどうするんです?」


「凄い腕前なのですね。あのウサギなどは一瞬なのでしょう」


「おぉ、ではこのロベルト・アルヴィングの弓の腕前をご覧に入れやしょう」


 城塞の横の林から飛び出したウサギを指さすと、アルヴィングは得意げに小型の石弓を後ろから大事そうに持ち出すと、クォレルを込め、ギリギリと巻き上げていく。


(ウサギさん、ごめんなさい)


 アルヴィングが先ほど一瞬とはいえ、小さな麻の袋に目をやったのを彼女は見逃さなかった。


(これが猛毒なのね……)


 リーゼエリンは素早くそれの中身の小瓶を持ち去ると、素早くその場を退場していった。


「ちょっと、リーゼ! どうしたんだ?」


「次は、南東の城壁あたりをご案内いただけませんか?」


 城壁は立派なもので、それは侵入する敵を絶望させるに充分であろう。


 上部には投石器も沢山用意されており、攻城塔に対抗する設備まで揃っている。


「それで、ここがどうしたのだ?」


「お兄さま、この話はお屋敷に侵入した賊を、うちの守備兵が捕らえて得た情報なのですが、「南東の城門に、第五皇女の格好をした者が現れて、破壊工作をする」とのことです。それらしき者が現れたら、捕縛していただけますようお願いします」


 とっさに出た嘘も、兄に言うのは心が痛む。


「まぁ……分かった。覚えておこう。しかし、何なのだ急に……あまり、俺と戦についての話をしたことはないだろう」


 リーゼエリンは言われてみればと戸惑ったが、


「えぇ、でも……お父さまのことといい、占いにそういった相が出ているのです。お兄さまの命だけは守りたいのです! それでは、ちょっと外で人を待たせているので、一旦失礼しますね」


「占いなど、興味が無かっただろう? お前、今日は一体どうしたのだ……」


 早速、南西の門の方へ向かってみると、ジャクエスがぜいぜい言いながら指を立てていた。


 なんと、そこにはリーゼエリンの服装をしたファンナの姿もある。


「はあ……ではファンナ、あなたの入城を認めましょう」


 父の名前で書かれた書簡の最後の一枚を使い、ファンナが入城し、そのまま夜を迎える。


 リーゼエリンとカイザル、ファンナ、そしてジャクエスが夕食後、囲んで話し合った。


「いずれにせよ、俺はこの城塞を守り切るだけだ。多少手を加えたところで、結果は変わらないと思うけどな」


 兄の表情はあまり明るくはない。

 

(いけない、話し過ぎたせいで、お兄さまがネガティブになっているわ)


「お兄さま、仮にですがこちらと相手の兵力が互角だとして、敵の指揮官を討ち取る方法はどのようなものがあるのでしょうか?」


「……急にどうしたのだ? これから籠城戦だ。それに敵の指揮官は大抵、最後尾にいる。もしこちらが有利で破ったとしても、守備兵に阻まれて逃げられてしまうだろうな」


「では、その指揮官を最前線に持ってくれば良いということですね?」


「それが簡単にいけば苦労はしないぞ。敵の指揮官は最後尾と言ったはずだ。俺はそろそろ他の将などにも声をかけねばならない。早く寝ておけ」


 焦りつつも、リーゼエリンはファンナと共に牢獄に毛布を敷いて仮眠を取った。


 夜が明ける前、城の外が騒がしくなってくる。


「敵襲――!!」


 連合軍は帝都を回り込むような形でベルカスコエポレチノエ城塞を包囲していった。


 南寄りに多数の軍勢が見える。



――


 

「で、ボクらアイゼリン王国直属軍が2万、都市同盟軍が1万、偵察の話では敵は城塞に5千、それから第三皇子の軍が1万5千程度と聞くが、まず、例の工作は上手くいったのか? ガンダール」


 ガンダールと呼ばれた30歳前後の采配を持った軽装の男が王子に答える。


「フレグナム殿下、現在偵察兵どもを回しております。近いうちに南東の門が開き、敵の総司令官カイザルの戦死の知らせが上がるでしょう。そうなれば帝国に骨のある将はいない。拙者も偵察部隊を率いて突入部隊の前線に向かいます」


 白い馬に乗ったアイゼリン王国第二王子フレグナムは、工作の結果が出ていないことにイライラした。


「恐ろしく大きな城塞だ。ペルカス……」


「ベルカスコエポレチノエ城塞です、殿下。ですが、近いうちに帝都中で火災が起きて連携は遮断され、いずれ城門も破壊されるので覚える必要もありますまい。これにて」


「ふん……」


 フレグナムが馬に乗って偵察兵の方向へと向かっていく。


 王国としては帝国の領土と、ベルゴリーク公爵領の莫大な鉄鋼資源が何としても必要だった。


 都市同盟などはフレグナムにとっては下賤な属州に過ぎない。


 そして自分は帝国の領土を丸々持った君主となる。


 父に激励されての出陣で、彼は最高に気持ちが高ぶっていた。


「ガンダール様、第一陣、撃破されました!」


「南東の城門内部の「工作員」はまだ動かんのか……ならば我らだけでも攻撃を仕掛け、一旦退こうではないか……!」


 軍師ガンダールは予想外の苦戦に焦りながら、死角ともいえる場所に歩兵を隠し、再び偵察部隊を繰り出そうとする。


「敵将のカイザルが肩のあたりに矢を受けたとのこと! これで一気に敵の士気は落ちましょう」


「しめた! ならば、こちらは突撃兵を中心とした歩兵で一気に南東の城門を攻める!」


 しかし、南東の城門の兵力が予想以上に多く揃っており、そろそろ撤退をという場面で、ガンダールの喉へと矢が突き刺さった。


「ぐっ……なんだこの矢は……あれは、女……?!」


 貴族のような服装の若い女が長弓を構え、狙っているのが見えたのが軍師ガンダールの最期の光景だった。


 都市同盟側本陣にて。


「ガンダール様、お討ち死に!」


 近衛兵らしきプレート・アーマー兵が、四天王筆頭のファントスに報告する。


「なんだと……四天王の一人でこれまでに帝国を何度も破っていたガンダールが殺されるとは……! 城塞の将であるカイザルは死んだのか?」


 背中に負った自慢の大剣に手をかけながら、落ち着きなく兵に問いかける。

 

「不明です。戦闘不能ではあるが、致命傷ではないという噂が有力かと」


(アルヴィングの毒矢はたとえ少量でもたちまち死に至るものだったはず……奴がもしや裏切ったのか……?! どちらにせよ、オレの頭脳で……何よりも無敵の四天王の一人、ガンダール兄貴を殺した者は許さぬ、必ずぶち殺してやる!!)


「このまま要塞を離脱して帝都を一気に攻める! 兵は最低限だけを残せ。火災が発生して援護は困難になるはずだ……長期化しても、教会側から補給物資が届くことになっている」


「それですが……その補給物資は帝国に向かっているようだ、と伝令から連絡がありました!」


「馬鹿な……これではジリ貧になるぞ……オレが直接帝都に突入する! 四天王直属の精鋭と各都市からも軍勢を用意しろ……それから後方にいる王国軍にも要塞から離れて帝都に続くように連絡を頼む!」


 ファントスが自ら指揮を執り、細長い陣形となり、城塞から離れつつも突破力を狙った。


 帝国側もそれに対抗してか、城塞から多数の兵が打って出て陣を組んだと思われる。


「ファントス様、敵からこのような書状が……」


「なに、読ませてみろ」


『わたしは総司令官カイザルの妹、リーゼエリンです。兄の死によりカイザルに代わり指揮を執っておりますが、絶望的に士気は低下し、まともに戦っても勝てる見込みはありません。わたしは軍の最前線におります。どうか一度、四天王筆頭と呼ばれるそのお顔を拝見し、話し合いがしたいと思い筆をとりました』


 もちろん、筆跡などをファントスが知るはずがないが、会ってみたいと思った。


 何より大剣からの一撃には絶対的な自信がある。


(小娘か……敵であるならばオレ様の奴隷にしてやる……!)


「よし、行こう」


「危険です! ファントス様、敵の罠である可能性も……あっ、アァァア!!!」


 そのプレート・アーマー兵は、目の隙間を一突きされ、その傷から剣風が巻き起こり、ドバドバと赤黒い血液を流しながらガシャン、と倒れていった。


 オォォ……と周囲の兵たちが仲間の即死に狼狽して後ずさる。


「オレに逆らう者はこうなる。これからオレは最前線に行って、お姫様とやらに会ってくる……合図が出たら突撃を行うので、心してかかれ」


「セティー、コバルト」


「うん……」


「あぁ……!」


 後ろに控える、頭巾から長い髪を伸ばした盗賊風の若い女が「疾風のセティー」、帽子を被った貴族風のレイピアを挿した若い男が「決闘のコバルト」いずれも四天王の一人だ。


「ガンダールがやられたようだ、仇討ちだ、行くぞォ!!」


「オォォ!!」


 ファントスが最前線に到着すると、帝国軍はだいぶ遠いところに3〜4千ほどで陣取っており、城塞からの攻撃も受ける位置ではないようだ。


 遠くに確かに紫と白のドレスを着た若い女が見える。


「せいっ!」


 ファントスが馬から降りると、女も徐々に前へと近づいてくる。


 徐々に左寄りに来るため、脇が林になっている場所での対談となった。


「お会いできて光栄です。リーゼエリン・ベルゴリークと申します……四天王筆頭のファントス殿」


 リーゼエリンの声は落ち着いていてそれでいて淡白ですらある。


「こちらこそ。こちらは1万、後ろを入れれば2万5千を超える軍勢がいる……そちらは4千にも満たないようだが、降伏するのであれば、城塞でのオレの軍の被害は帳消しとし、領土は城塞含めて残すと約束する。その代わりこれより帝都攻めに移る。第三皇子リガインは気が弱く覇気が無いと聞く。一緒に帝国を落とそうや」


「お断りします」


「何故だ、抵抗したことを許してやるとオレ様が言っているのだぞ!」


 激昂するファントスに対し、淡々とした言葉でリーゼエリンは、


「謝らなければならないことは、我らは何一つしておりません」


「ならば、ここで叩き斬る!!」


 ファントスが大剣に手をかけたその時、横から大勢の弓兵が飛び出してきた。


「うりゃぁぁ! 撃てぇ!」


「くっ、だが……このオレはこの程度では屈しない……おりゃぁ!!」


 ギャァァァ……


 10人いた伏兵の精鋭弓兵のうち5人が剣風に巻き込まれ即死、2人が深い傷を負って倒れ込んだ。


 しかし、一瞬とはいえさすがのファントスも無傷ではいられず、態勢を立て直そうとしたが――


「ぐッ……!!」


 その後ろから矢が首の下あたりに突き刺さった。


 ファントスが振り返ると、そこには「長弓を構えるリーゼエリンの姿」があった。


「まさか、これは毒……!!」


 矢じりからアルヴィングが所持していた猛毒が回り、ファントスはあっけなく命を落とした。


 セティー、コバルトが慌てて駆け付けるが、やはり弓兵たちによりあっさり射殺される。



「ファントス様、お討ち死に! 他の四天王の二人も殺られたようです」


 司令官である第二王子フレグナムのもとに報告が届けられる。


「何だって……あの「不死身のファントス」をだれが殺したというんだね?!」


 伝令の兵は小さな声で。


「それが、公爵令嬢リーゼエリンだとか……」


(馬鹿な……あの小娘は武闘派でもなければ、頭が良いようにも見えなかった……敵に幻術師でもまぎれ込んでいるのか……)


「だが、帝国総司令官のカイザルは死んだということだな?」


「はい……生存説もありますが、姿を見せないところからして、もはやおらぬでしょう」


「なら、このまま兵を進める……総司令官の妹のリーゼエリンも始末せねばならぬ! 帝国の皇子軍と合流される前に叩き潰すのみよ!」


 そのとき、突如後方が慌ただしくなる。


「報告! 後方から帝国第三皇子リガイン率いる帝国軍が迫ってきております! 数およそ8千!」


「後ろが断たれたということは、撤退するためにはそれを破るか、要塞の前を通るか、どちらか……!」


 放火も起こらなければ、城塞の門が破られることもない。


「前だ……前に行く……」


「殿下、何と……?」


 配下が訊き返した。


「前に突撃し、4千足らずの公爵軍を破り叩き潰す! 我らには勢いがあるしそもそも敵は城塞戦で疲れ切っているぞ! 敵の指揮官は戦を知らぬ小娘だ! 続け!!」


「ははっ!」

 

 戦の太鼓や楽器が鳴らされ、一斉にアイゼリン王国軍と都市同盟の連合軍、2万あまりの大軍が一気に突撃を開始、4千足らずといわれるリーゼエリン率いるベルゴリーク軍に向かっていく。


「敵が後退していきます!!」


 フレグナムは馬に乗り鉾槍ハルバードを持つと勢いに乗り、最前線へと突き進んでいった。


「よし、敵を一兵たりとも逃がすな! おりゃっ、とりゃぁぁ!!」


 ギャァァ……


 次々と公爵軍兵を叩き潰しながら突進していくフレグナムであったが、騎兵から大声で報告が飛ぶ。


「後方から城塞から打って出てきたと思われる兵が、横からも兵が飛び出しております、一時撤退を!!」


「馬鹿な……あと少しで敵を完全に打ち破れるのだぞ……あの小癪こしゃくな娘を、リーゼエリンを討つまでボクは引けないのだ!!」


 横から公爵軍による合図が行われる。


「弓隊、討てぇ!!」


「ぐうぅッ……どうして……き、貴様は……?! なっ、リーゼエリンが、二人……?」


 横からは長弓を構えたリーゼエリンらしき女、ついでに石弓を構えたアルヴィングらが次々にフレグナムへと矢を放っていた。


 フレグナムがリーゼエリンに向き直り、突進しようとすると、林の影から猛スピードで現れた地味な兜を被ったチェインメイルの兵士がフレグナムに剣を抜いて突如として襲い掛かる。


 ジャクエスだ。


「帝都はおれが守る! 覚悟しろ、卑怯者め!」


「貴様のような雑魚に……ぐっ……!!」


 フレグナムはジャクエスの頭をハルバードで狙うも、彼の兜を勢い良く吹き飛ばしただけで、剣の一撃がフレグナムの胸に確実に突き刺さった。


「おのれ、身体が無事なら……貴様ごとき下賤は一撃でボクの槍の餌食になっていたはず……」


 本物のリーゼエリンが前に一歩踏み出し、フレグナムに告げる。


「フレグナム殿下、その弓使いは召使のファンナ、わたしが本物のリーゼエリンです。残念ですわ……あのとき、戦争のために婚約破棄などしなければ、お互いに血を流さず、命を失わずに済みましたのに」


 今にも死を迎えようとしているフレグナム第二王子は、最後の力を振り絞って声を出す。


「うっ……我ら王侯貴族が幸福なのは、神に与えられし高貴なる血筋と確固たる使命があってのものなのだ、ボクは勝たねばならない……たかが婚約破棄程度で……」


 リーゼエリンは召使のフードを外し、ダブルシニヨンの髪を揺らしながら答える。


「いずれにしても、ここに居るのは王侯貴族でも何でもありません。勝利した者と、敗北した者、それだけです……」


 ドサッ……


 フレグナムは地面に倒れ伏し、動かなくなった。


 後ろから早馬で駆け付けてきた、肩に包帯を巻いた総司令官の兄・カイザルが大声で高らかに剣を掲げて叫ぶ。


「敵総司令官、アイゼリン王国第二王子フレグナム・デ・アイゼリンを討ち取った! これより敵の残党狩りを行う! 逃げる者は追わなくても構わない! 歯向かう者には容赦はするな!」



――



 2万近く残る王国・都市同盟連合軍の士気はガタガタになり、正面からやまいを押して現れた皇帝ルゼイオン自らによる士気の高い直属軍を合わせた1万5千、背後から第三皇子リガイン率いる8千の帝国軍に挟み撃ちにされ、散り散りになってあっという間に潰滅かいめつした。


 帝国側にも死傷者2千弱が出たが、連合軍は5千を超える死者、そして5千程度が捕虜となり、また、城塞に忍び込み捕縛された第五皇女のベリルマリスが実は本物ということで、ゼートリム城の牢獄へと送られた。


 アイゼリン国王は息子と多数の兵を失ったことで戦意喪失し、5日後には王都ヴェーンから外交官と都市同盟の大使がやってきて、休戦協定が結ばれる。


 大勢の捕虜の返還などで帝国に多額の賠償金が支払われ、まだ全額は到底返還できないほどだ。


「ベリルマリス様、どうやら手を組む相手を間違えられたようですね……」


 リーゼエリンは長い二日間を終え、裏切り者で敗者であるベリルマリスを「ねぎらう」ため、ファンナとジャクエスを引き連れて牢獄を訪ねた。


 ベリルマリスから出た言葉は、意外なものだった。


「こっちだって必死だったのよ。自分や民の名誉を守るために父や兄を裏切り、わたくしにとっても「死ぬ覚悟」で行ったこと。今回は負けを認めるけれど、次はこうはいかなくってよ……ただ、「影武者」には完全に予想外だったわ……」


 パシッ――!!


 平手打ちを食らい、腫れる顔を押さえながら涙を浮かべるベリルマリスにリーゼエリンが追撃の一言を放つ。


「次はない! 内通して国や肉親を裏切った上に殺戮を支援し、民の住居を焼き尽くすことに名誉などないわ!!」


 看守たちに指示を飛ばす。


「10日後にまた来ます。最低限の食事だけ与えておいてください。もっとも、お怒りの皇帝陛下の裁量次第でしょうけど。反省の色が見えるまで、ここから出ることはないでしょう」



――



 屋敷への帰り。


「お嬢様、いつの間に軍勢を動かす兵法を身に着けたのです? まさか、実際に戦うところまでは思いもしませんでした」


「そういう本を読むことはたまにあったのよ。四天王の一人がやられればファントスは動く、ファントスがやられればフレグナムが動く、そう思いついただけ」


 リーゼエリンは、フレグナムとファントスの性格を熟知していたから、と言いたいところだったが、そのことを知っているのは「下級メイド」としての「別の未来での情報」を知っているからなので、黙っていた。


「あなたこそ、どうやって自警団とギルドの妨害を防いで、帝国の本隊と合流をさせられたの?」


「ヤスノフの親方に必死に頭を下げて、「おれ達が守ってきた街に本当に火を付けていいんですか?」と言ったら、工作を中止したくなったみたいです。連合側から大金を貰うよりも良いって、「俺は間違ってた」って。それで街とゼートリム城を結ぶ秘密のルートを使って……」


「やはり、あなたをあそこで引き留めたのは運命だったのだわ。あなたは脚が速い、そして人柄が良く忠実なのよ」


 リーゼエリンが突然両手を広げ、ジャクエスに飛びかかるように抱きつく。


「あらまぁ……熱いのですねぇ……」


 思わずファンナも彼女の大胆さに驚く。


「ジャクエス。あなたを、執事として取り立てるわ」


 突然宣告するリーゼエリンに、びっくりしながらジャクエスが問いかける。


「わわっ……ほ、本当に取り立ててくれるのですか? おれなんかを……?」


「あなたの働きには驚いたもの。「奇跡の一撃」だと周りは言うけれど、必要な場面で活躍できる……お屋敷に必要不可欠な人材じゃない。運命の出会いだったのだわ」


「そんな……でもそこまで言われるなら、期待に応えてみせましょう!」


 ジャクエスはリーゼエリンをそっと抱き返し、すぐ恥ずかしそうにそそくさと離れた。


「それと、弓が上手いのは知っていたけど、ファンナ、あなたがそこまで実戦でも戦えるタイプだとは思わなかったわ。言葉を失ってしまったもの」


「は、はいっ! お嬢様……!」


 ファンナは嬉しそうだが、どことなく照れくさそうでもある。


 「実はリーゼエリンの腹違いの姉なのではないか」という噂を聞いてから、妹を見守るつもりで彼女を見てきたが、やはり頭脳頼りになる主人だと、改めて思うのである。


 ジャクエスが自分の処遇が気になり訊ねる。


「おれに、執事……近衛兵このえへいのような仕事もさせてもらえるということです?」


「えぇ、自警団やギルドとのコネクションは大きいわ。とりあえず今は守備兵たちとうまくやって頂戴。公爵であるお兄さまにも挨拶してもらうの。それと、ファンナには「上級メイド」として、これからもわたしの傍にいてね」


「じょうきゅうめいど?」


「フフッ、そういう職業の出てくる夢を見たのよ」


 まさか、あのフレグナムが考えた「下級メイド」から発想を得たとは言えない。


 公爵屋敷が近づく。


 ベテラン召使エリザの話によれば、館では兄がまだ療養中とのこと。


 アルヴィングが放った矢は鎧の継ぎ目に当たり、毒が無かったため致命傷にはならず、その後に彼が捕縛されてあっさりと罪を認め、フレグナム王子の狙撃に加担してくれたので、再び城塞に戻されたという。


 なお、病床の皇帝は大怪我をおして国を守ろうとしたカイザルの総司令官としての能力と心意気を気に入り、第六皇女マトリエーゼを嫁がせる意向を伝え、近々、正式な叙勲と褒美を与えるついでに城内で紹介されることになっている。


 館では石職人が、何やら動物のような彫刻を作っている。


「お嬢様、アレはなんです?」


「リーゼと呼んで頂戴」


 少しばかり顔を赤らめ、リーゼエリンは時間移動して目が覚めて会った時よりも一回り頼りになる顔つきをしているジャクエスから思わず視線を逸らす。


「はい、リーゼ様、あの彫刻は……何になるんです?」


 そんなリーゼエリンの仕草が可愛くて、つい笑顔になってしまうジャクエス。



 リーゼエリンが答える。


「コッカトライス。毒をもって毒を制する、架空の生き物よ」





 終



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― 新着の感想 ―
主人公はあまり悪役には見えず、救国の令嬢ではないかと思いましたが、悪役令嬢モノにはこういうのが多いのでしょうか? 短編だからでしょうか、一度の失敗で次はだいたいうまくいく主人公が超人的に見えました。
前回の作品とは全く別ジャンルの作品で、吉村先生の創造力の凄さを感じました。 短編なのであっという間に読み進められるところは良いのですが、短編であるがゆえ、ここの設定はどうなっているのだろうか?など、…
楽しく拝読しました。キャラクターが明瞭で、展開の組み立てもよかったです。
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