パーティー当日2
会場にいた者たちがまたザワザワとし始める。
「あの方は、クラヴィス・イージェル様でしょう?」
「何故、大悪女などを助けるの」
しかし、クラヴィスはそんなことを気にもせずに私の手を引いて会場の外に連れて行く。
会場を出た所で、私はクラヴィスを呼び止めた。
「ちょっと待って下さい……!」
クラヴィスが私の手を離さないまま、私の方を振り返る。
「どうした?」
「私を助けて良いのですか……! 今の私を助ければ、クラヴィスの言う通り貴方の評判まで下がってしまいますわ」
クラヴィスはすぐに答えなかった。
しかし、しばらくして当然のように口を開いた。
「体が勝手に動いていた。それとも、君があのままグラスを投げられるのを黙って見ていれば良かったとでもいうのか?」
私の手を握っているクラヴィスの手にさらに力が入ったのが分かった。
「クラヴィス、痛いで……」
述べようとした言葉は、クラヴィスの表情を見た瞬間に止まってしまった。
クラヴィスが握っている私の手を見つめている。
「……あまり無茶はするな」
そうクラヴィスが呟いたように聞こえた。
しかし、すぐにいつものクラヴィスの雰囲気に戻ってしまう。
そして、また私の手を引いて歩き始めた。
「クラヴィス、馬車はそちらの方ではないですわ!」
「誰が帰ると言った」
「っ……!?」
私はどこに行くのか分からないまま、クラヴィスについて行くしかなかった。
またパーティー会場である建物の中に入っていく。
パーティー会場に戻るのかと思ったが、連れて行かれたのは隣にある控え室だった。
「クラヴィス……?」
動揺している私をよそにクラヴィスは私に新しいドレスを渡した。
「君が今回のパーティーに参加すると聞いて、贈ろうと思っていたものだ」
「どうして……」
「君が今回のパーティーに招待されていると聞いていたんだ。君の敵の多さを考えると、なんでも用意はするに越したことはない。まぁ、まさか本当に使うことになるとは思わなかったがな。髪も一度シャワーを浴びて、整えてもらうと良い」
クラヴィスが近くにいる使用人に着替えを手伝うように命じて、控え室を出ていく。
私は何が起きたのか実感が湧かないまま、着替えを済ませた。
私は着替えを済ませてクラヴィスの元へ向かうと、クラヴィスは会場に入る扉のすぐ横で待っていた。
そして、クラヴィスが私に手を差し出した。
「エスコートして下さるのですか?」
「エスコートがなかった先ほどの方がおかしいだろう」
「ふふ、そうですわね」
それでも、きっとクラヴィスが私をエスコートすれば、クラヴィスまで悪く言われてしまう。
「では、私に無理やり頼まれたと言って下さいね」
これくらい噂を利用することは許されるだろう。
「……」
「クラヴィス?」
「分かった。俺がエスコートしたかっただけだと伝えることにしよう」
「っ!?」
私が驚いている間に会場への扉は開いてしまう。
会場の眩い光が私たちを照らしていた。
会場では皆、先ほどの出来事もあったのでもう直接的に攻撃する者はいなかった。
クラヴィスがエスコートしてくれたことも大きいだろう。
私のエスコートを終えたクラヴィスは、もう既に会場の真ん中で沢山の令嬢たちに囲まれている。
私との関わりを疑問に思う者も多かったが、元からのクラヴィスの人気の方が大きかったようだった。
壁際で一人でいる私にクロルがすぐに近づいてくる。
「マリーナ様……!先ほどは何も出来ず、申し訳ありません」
「大丈夫と合図を送ったのは私よ。むしろ、駆けつけようとしてくれて感謝しかないわ」
クロルが私のドレスに視線を落とした。
「マリーナ様、そのドレスはどうされたのですか?」
「クラヴィスが用意してくれていたの」
クロルの視線がドレスから外れない。
「クロル? もしかして、あまり似合ってないかしら……? 折角素敵なドレスを用意して頂けたのに、着こなせている自信がなくて」
「いえ、とても良く似合っております。本当に」
クロルはドレスから視線を上げて、私と目を合わせる。
「パーティーが終わるまで、マリーナ様のお側にいることの許可を」
「クロル、貴方は今回サート伯爵家として招待されていて……」
「私はマリーナ様の護衛騎士です。マリーナ様のお側にいても何もおかしくないはずです」
きっとクロルがそう述べてくれるほどに私は心配をかけてしまったのだろう。
「では、お願いするわ。ありがとう、クロル」
パーティーはもう終わりに近づいていた。
しかし、短い間とはいえ、クロルはパーティーが終わるまでずっと側にいてくれていた。
私を守ってくれていた。
会場の窓からは闇夜に輝く美しい月が見えている。
満月ではないのに、いつもより輝いて見えるのは何故だろう。
その日の美しい三日月をきっと私は忘れない気がした。
「お嬢様……!」
寮に戻ると、すぐにリーリルが駆け寄ってきてくれる。
「本当はずっと馬車でお嬢様を待っていようと思ったのですが、そういう訳にも行かず……!クロルから話を聞いた時に、自分に腹が立ちました」
リーリルが今にもこぼれ落ちそうな程、目に涙を溜めて私を見つめている。
「リーリルが気にすることは何もないわ。むしろ、私が謝りたいわ。リーリルが選んでくれたドレスも結ってくれた髪型も全てぐちゃぐちゃにしてしまった」
「そんなことは気にしなくて良いですわ。ところで、このドレスはどうしたのですか?」
「……クラヴィスが用意してくれていて……」
どこか恥ずかしくて、そう小さな声で呟いた私にリーリルが目を輝かせた。
「とてもお嬢様に似合っていますわ!」
リーリルはその後もクラヴィスはドレスを贈ってくれた話を楽しそうに聞いてくれた。
いつも通りの寮でのリーリルとの時間。
その時間を今日も過ごせていることが何より嬉しかった。