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呼び捨て

クラヴィス様の問いに私はすぐに答えることが出来なかった。


クラヴィス様は私が思考を巡らせている間もずっと私と目を合わせて、私の反応を見極めているようだった。


そう、きっと私は見定められている。



「先ほど彼女たちに述べたことと同じですわ。私が国一番の悪女かどうかはクラヴィス様が見極めて下さいませ」



「私から見れば、貴方は噂とは違う人物に見える。しかし、今の出来事だけで判断するのは早計(そうけい)すぎるだろう」


クラヴィス様が私にあと二歩ほどでぶつかる距離まで近づく。


「王女殿下……いや、マリーナと呼んでも良いだろうか」


ここは学園であり、皆平等に学べる場である。


学園内では貴族間の身分制度を考えず、共に学びを深めることが目標とされている。


しかし、実際この国の王族に気軽に接すること出来る者はいないだろう。


ましてや、隣国の公爵子息が王女を呼び捨てにするなど考えられない。


それでも私の場合は国一番の大悪女であり、敬称なく呼ばれること、それこそ「悪女」と呼ばれ陰口を言われることも多かった。


先ほどからクラヴィス様は言葉遣いを含め、わざと私と距離を縮めようとしているように感じる。


しかし、それでいて敬意を全く持っていない様子でもない。


「構いませんわ。お好きなようにお呼びになって」


私がそう答えると、クラヴィス様の表情が変わった。


「怒らないのか」


そのクラヴィス様の質問で私は確信した。



「わざと私を怒らせようとしていたのでしょう? ここで怒ってはクラヴィス様の思い通りになってしまいます」



「随分と心が広いのだな。本当に悪女とは思えない」


「心が広いから許可したわけではありませんわ。クラヴィス様は先ほどから私への敬意をなくしていない。私をユーキス国一番の大悪女として扱っていない」


私の返答を聞いたクラヴィス様は感心した様子だった。


「どうやら噂が間違っている可能性の方が高いようだ。しかし、何故そんな噂が立ったのかが分からない」


その瞬間、クラヴィス様がさらに半歩私に近づいた。


「っ!」


すると、すぐにクロルがクラヴィス様と私の間に手を広げ遮った。


その様子を見て、クラヴィス様はクスッと少しだけ笑った。



「予想通りだ。やはり随分と周りの者に慕われている。それに度胸もある……いや、度胸があるフリが上手いのか。どちらにせよ、君が魅力的であることは変わらないだろう」


「それと当たり前だが、私のことも『クラヴィス』と呼べば良い」




「クラヴィス……貴方は一体何を考えているのですか?」




「私はもっと君のことが知りたい。ただそれだけだ。同じ学園にいるのだから、また声をかけるよ」



そう言って、クラヴィスはその場を去っていった。


「マリーナ様」


クロルはクラヴィスの背中に視線を向けながら、「大丈夫ですか」と問いかけた。


「ええ。しかし、クラヴィスは何を考えているのかしら。呼び名を変えれば、周りからも親しい関係と思われても不思議ではない。この大悪女と」


「しばらく様子を見るしかないかと」


「そうね。警戒をするに越したことはないわ」




しかし、クラヴィスは私とクロルの不安をよそに、翌日にはもう私のクラスを訪れた。


そして、私のことをこう呼ぶのだ。




「【マリーナ王女殿下】、少しよろしいですか?」




クラヴィスが私に話しかけたことに周りの者は大層驚いていた。



「クラヴィス様がどうしてあの悪女に……!」


「クロル様のように脅されているのではなくて!」


「絶対にそうだわ。隣国の公爵家まで無下に扱うなど、あり得ない」



噂というものは、きっとこうやって尾ひれがついていくのだと思った。


それでも、私に変えられることはあるはずで。




「【クラヴィス様】、ではテラスでお話しましょう」




クラスを離れ、テラスに向かう。


私たちは、周りの席と距離がある場所に座った。


クロルには少し離れた場所で待機して貰っている。


私たちの会話が周りに聞こえない距離になると、クラヴィスは昨日の雰囲気に戻った。


「昨日ぶりだね、【マリーナ】」


クラヴィスは私の予想通り、周りの者に私たちの距離が近すぎると思わせないように測っている。


それでいて、本当に私とは仲良くしたいようだ。


クラヴィスの本心が分からない。


そんな私の気持ちが伝わったのか、クラヴィスが少しだけ視線を下に落とした。



「マリーナからすれば、きっと私の行動……いや、初めに私がマリーナに話しかけた意味すら分からないだろう」



そして、クラヴィスは視線を下に落としたまま、淡々と話していく。



「まず昨日マリーナに話しかけたのは、君と令嬢たちの会話を聞いて、君に興味を持ったから。それだけ」


「そして、呼び捨てにして良いか聞いたのは【君が怒るか試したかった】のと【君と距離を縮めたかった】から」


「周りの者がいる前で、敬称をつけたのは【純粋に隣国の公爵家には礼儀がないと思われることが嫌だった】から。それに、【周りの者にマリーナ・サータディアと仲が良いと思われると、我が国に不利益をもたらす程に君の評判が悪い】から」



クラヴィスが下に向けていた視線を上げて、私を目を合わせる。


「どう? 疑問は解消出来た?」


クラヴィスが嘘をついているようには、見えなかった。


ただ全ての手の内を明かしているとも思えなかったけれど。



「私と仲が良いとは思われたくないのに、隠れて距離を縮めたいなど随分と我儘ではないですか?」



私はわざと攻撃的な言葉を選んだ。


クラヴィスに警戒を(おこた)れば、危ないと思ったから。


しかし、その後に彼から飛び出した言葉は、予想外だった。





「ああ。だから、手伝うよ」






「え?」





「私が王女マリーナ・サータディアと仲が良いとはっきりと言えるほどに、君の評判をあげれば良い。協力する」






言葉をすぐに返せない私を気にもせず、クラヴィスはこう続けるのだ。






「案外、味方になった私は役に立つよ?」






クラヴィス・イージェルとの出会いは私のこれからの人生を大きく変えることになる。


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