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私の味方は

「お嬢様……?」


呆然(ぼうぜん)としている私の顔をメイドのリーリルが覗き込んでいる。


「どうされましたか?」


気づいたら、もうフリクはいなくなっていた。


「リーリル」


「扉をノックしても返事がないので、心配で入ってきてしまったのですが……」


申し訳なさそうなリーリルに私は我に返った。


「大丈夫よ。ちょっとぼーっとしていて……」


本当はすぐにでもリーリルに相談したかったが、つい誤魔化してしまう。


だって心配をかけたくなかった。


そんな私の右手をリーリルが急にギュッと握った。


「お嬢様は相変わらず嘘が下手ですね」


いつもの優しい笑みを向けてくれる。


「どうされたのですか? リーリルに教えて下さい」


リーリルの優しさに私は何度救われれば良いのだろう。


「……またフリクが現れたの」


「っ!?」


「それでこう言ったわ。『今度は沢山の人に好かれてこい』と」


「どれだけお嬢様を振り回せばっ!」


リーリルが叫ぶように大きな声を上げた。


「落ち着いて、リーリル。今回のフリクの話に乗ったのは私なの。フリクは『一年間、沢山の人たちに好かれるように努力したら……この遊びに付き合ってくれるなら、私が一番会いたい人に会わせてくれる』と言ったわ」


以前話したことがあったので、リーリルは私が誰に会いたいと思っているのかを知っている。


「お嬢様……それでも、私はこんな遊びに付き合うべきではないと思います」


「分かっているわ。私も断るつもりだった。でも……私だって噂だけで嫌われたまま生きていくのは嫌なの。どうせいつかこの部屋を飛び出さなければいけなかった」


「そんなこと!私たち屋敷の者はお嬢様が急がずともお嬢様をお守りしますわ!」


「ふふ、ありがとう。私は本当に優しい者たちに囲まれているわ。でも、本当は私だって学園に通ってみたかった。屋敷の外に出てみたかった」


フリクに嫌われるように言われてから、私は学園の入学を遅らせた。


いや、正しくはもう入学手続きは済んでいたので、休学扱いとなっている。


そして私が王女であることも踏まえ、特別対応として家庭教師に屋敷まで来てもらい定期的に試験を受け、学園に提出することで在籍させてもらっていた。


「そろそろ私だって屋敷を出ないといけないわ」


「お嬢様!お嬢様が思うより屋敷の外は……!」





「厳しいのでしょう?」





私はリーリルの言葉を遮り、そう述べた。


「お嬢様……」



「ねぇ、リーリル。私だって毎日想像していたの。外に出たらどんな扱いを受けるだろうって。だって私は国一番の大悪女ですもの」


「本当は知っていたの。両親が政策の失敗を全て私のせいにしたことにより、屋敷まできて私を攻撃しようとする者も多かったこと。そんな者たちから貴方たちが必死に私を守っていてくれていたことも」


「でも、私が守られるだけなんて性に合わないことをリーリルもよく知っているでしょう?」



私はリーリルに心配をかけないように、わざと自信満々にニコッと笑った。




その時、丁度コンコンと扉がノックされた。




「クロル・サートです」



「入って」




扉を開けたのは、我が国の騎士の格好をした凛々しい青年。


クロルは幼い頃から私を守ってくれていた私付きの騎士である。


私の状況を知ってからも、私が悪女になるまでも、なってからも、クロルはずっと私の味方だった。


しかし、クロルが自分から私を訪れることは少ない。


「クロル、何かあったの?」


「……」


「クロル?」


「リーリルの怒っているような大きな声が聞こえたので、またマリーナ様に何かあったのかと思いまして」


クロルは表情を変えずにそう述べた。


「あら、さすが。クロルには全てお見通しね。ねぇ、クロル。私、屋敷の外に出るわ。そして、まずは学園に通う」


クロルが一瞬だけ眉を(ひそ)めたのが分かった。


私はそのままフリクに言われたことと私の考えをクロルに伝えた。


クロルは話を聞いてすぐにこう述べる。


「反対です。マリーナ様が苦しい思いをするだけです。せめて今までの経緯を全て国民に話し、信じてもらってから屋敷の外に出るべきです」


「クロル、あんな不思議な『嫌われた人数だけ救ってくれる』なんて言葉を誰が信じると思うの? 貴方たちが信じてくれたのは、私への信頼があったのも大きな理由でしょう?」


「っ!しかし、私はマリーナ様に苦しい思いなどしてほしくありません。まず私はマリーナ様の悪い噂を流すなど、貴方が国一番の大悪女になることも反対していたではありませんか」


「ええ、分かっているわ。いつもクロルは私を心配してくれる。それでも、出てみたいの。だって、今回の流行病からユーキス国を守るだけでは意味がないの。私はこれからも第一王女としてユーキス国を守っていかなければいけない。そのためには閉じこもっているだけでは駄目だわ」


クロルの表情は変わらなかった。


私とクロルの会話をリーリルが不安そうな顔で見ている。


クロルはしばらくして、もう一度口を開いた。


「では、お嬢様。一つ、私の願いを聞いて下さい」


「クロルの願い?」


「はい。学園は確か一生徒に一人まで護衛騎士をつけることが出来たはずです。そして、学園の寮にはメイドも」


「ええ。でもつけていない者も多いわよ?」




「騎士には私、クロル・サートを。メイドにはリーリル・カリナをつけて下さい」




クロルはリーリルに視線を向ける。


「リーリル、確か君は少し剣を習ったことがあったよな? マリーナ様を守るのに少しでも力はあったほうが良い」


クロルの言葉にリーリルが目を合わせてしっかりと頷いている。


「待って!私は学園に貴方たちを連れていくつもりは……!」


私の言葉を遮るようにクロルは私に厳しい視線を向けた。


「何故、私たちを連れていくつもりがないのですか?」


「それは……」


「マリーナ様のことだから、きっと私たちを巻き込みたくないのでしょう。それでも、私たちは貴方を守る。絶対にです。そして、私たちを連れていくことが学園に行くことを許可する条件です」


私はクロルと目を合わせた。


「分かったわ。その代わり、約束して。リーリルもクロルも絶対に自分の身も大切にすると」


「勿論です。私たちはマリーナ様と違って、無謀な所は一切ないですよ?」


クロルは険しい顔から表情を変えて、クスッと微笑んだ。


しかし、すぐに厳しい顔に戻った。


「リーリル、屋敷の者を全てここに集めよう。最大限、マリーナ様を守るためにやれることは全て準備しておいた方がいい」


「分かった。すぐに呼んでくる」


リーリルが部屋を飛び出していく。


部屋に残った私にクロルが視線を合わせた。


「マリーナ様」


そして、私の前で膝をつく。


「お嬢様の味方は、この屋敷の者全てです。この屋敷の使用人は少ない。マリーナ様のご両親のこともあり、信用出来る使用人だけに絞っているからです。それでも……貴方の味方はいます。私だってマリーナ様に忠誠を誓っている」


私は深く息を吐き、クロルに伝えたいことを話していく。


「……クロル、覚えておいて。私だって、いつだって、貴方たちの味方なの。だから、ちゃんと守り合いましょう? 守られるだけも守るだけもやめて、ちゃんとお互いを信頼する。本当の意味で」


私はクロルの前で膝をついた。


「マリーナ様!?王女がそのような……!」


「しっ、今だけだから。今だけ許して」


私はクロルと同じように片膝をついて、頭を下げる。




「絶対に貴方たちを守るわ。だから、私のことも守って。私に剣は使えない。リーリルのように何でも器用にこなせる訳でもない。その代わり、王女としても学びはあるわ。それに勇気と度胸も」


「だから、補い合えば最強ね」




私の言葉にクロルは何も言わなかった。


ただ静かにもう一度私に頭を下げた。



屋敷の者への情報共有の後は、それぞれに忙しくて。


私は学園に入る準備、クロルはもう一度身体を鍛え直すと言って聞かないし……時間はあっという間に過ぎていった。


そう、あっという間に……学園に入る当日になっていた。





「行ってきます」





屋敷に残る使用人全てに見送られ、私は屋敷の外へ足を踏み出した。


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