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マリーナの本心

その日、私はユーキス国の王である父に呼び出されて王宮に来ていた。


私への興味のない父に呼び出されることに、私は少しだけ驚いた。


それでも、きっと良い話ではないことが想像がついて。


そして、久しぶりに顔を見た父はすぐにこう述べた。






「マリーナ。お前には、マリス国の第二王子と婚約してもらう」






いつかこんな日が来ることは分かっていた。


父は私を政略結婚の道具としか見ていないことなど知っているのだから。





それでも、何故か私の頭にはクラヴィスの顔が浮かんだ。





しかし、私はそんな考えをすぐに打ち消すように微笑んだ。


父である王には下に兄弟がおり、次の王位継承権は王弟殿下にある。


だから、私はユーキス国のために他国に嫁ぐことか、自国の貴族子息と結婚することはほぼ決まっていた。


分かっていたこと。


それなのに……どうして涙が溢れそうなの。


父はユーキス国のことは考えてくれている人だ。


それに隣国のマリス国の王子との婚約など、私だって父と同じ判断を下すはずだ。


この政略結婚には、魅力があるもの。


そう自分に言い聞かせる自分があまりに滑稽(こっけい)に感じて。


だから……







こんな運命があるなんて考えもしなかったの。








父が私に見せたマリス国第二王子からの手紙の最後には……






「クラヴィス・ルーカリア」と、署名されていた。





イージェル公爵家の子息であるはずのクラヴィスと同じ名前の王子。


別人だと分かっているのに、何故か胸がざわついてその可能性を否定出来ない。


どこか風格を感じさせるクラヴィスが王族だったとしたら……そんな考えが浮かんでしまう。


そして、ドクドクと速なる心臓を抑えるより先に父から言葉が溢れていく。



「どうやら、第二王子は身分を隠して学園で学んでいた最中だったらしい。よくやった」



父の「よくやった」はきっとよく見初められたという意味だろう。


意味が分からないまま、私は気づいたら王との謁見(えっけん)を終えていた。


王との謁見を終えて、王宮にある自室に戻った私はしばらく呆然としていた。



その時、コンコンと扉がノックされて、使用人が「クラヴィス殿下がお見えです」と述べた。



心臓がドクドクと鳴っているのが胸に手を当てなくても分かるほど、私は緊張していた。


小刻みに震える体を抑えながら、私は客間に向かった。


客間に入れば……






「マリーナ」






そう私の名を呼ぶ声はいつも通りの「クラヴィス」の声で。


私は目に涙が溜まっていくのが分かった。


そして、震えた声で名を呼ぶことしか出来ない。





「クラヴィス……」





「驚かせただろうか?」





クラヴィスはそう仰って、私の前で膝をついた。






「っ……!?」







「マリーナ・サータディア第一王女殿下、貴方に婚約を申し込みたい」







そう仰って、クラヴィスはいつもと同じ雰囲気のまま微笑んだ。


「クラヴィス、貴方は……」


私の言葉にクラヴィスは少しだけ悲しそうに笑った。


「王女としての役目を果たしている君からすれば、愚かな話だと思うが聞いてくれるか?」


私とクラヴィスはテーブルを(はさ)んで、向かい合うように椅子に座った。


そして、クラヴィスは少しだけ緊張した様子で話し始める。


それでも、何故身分を偽り、ユーキス国に来たかを話すクラヴィスはどこかもう昔話のように自分のことを話していて。


最後にこう仰って、微笑むのだ。




「しかし、もう逃げないよ。マリーナを見ていて、私も逃げたくないと思えた」




きっとそれはクラヴィスの本心で。


隠しごとを明かしたクラヴィスは、どこか表情が晴れやかになっていた。




「マリーナ、先ほど述べた通り、私は君に婚約を申し込んだ。きっと出会ってすぐに私は君に惹かれていたんだと思う」




クラヴィスの言葉に喉の奥の方がぐっと苦しくなるような、どこか泣きたくなるような不思議な感覚がする。


息が苦しく感じるのに、心が喜んでいるのが分かる感覚。


それはきっと私の気持ちを表していて。


目の前に座るクラヴィスから目が離せない。



「マリーナ?」



言いたいことは沢山あるはずなのに、何故かすぐに言葉が出てこなくて。


そんな私にクラヴィスは気にせずいつも通りの挨拶をするような声色で、「また会いにくるよ」と笑った。


王宮の自室に戻った私をリーリルが慌てた様子で訪ねてくる。


その後、すぐにリーリルの後を追うようにクロルも部屋に訪れた。



「お嬢様! 婚約を申し込まれたと……!」



リーリルの言葉に私は小さく頷いた。


頷くだけの返事をした私の顔をリーリルが心配そうに覗き込んでいる。



「お嬢様、乗り気ではないのですか……?」



リーリルの言葉に私は慌てて首を振った。


「違うの。それでも、どこか不安で……」


私の言葉にリーリルは何故か少しだけ安心したように微笑んだ。



「大丈夫ですよ、お嬢様。お嬢様がご自身の気持ちに素直になって下さることが私たちの一番の望みなのです」



すると、クロルがリーリルの言葉に付け加えるように話し始める。




「マリーナ様、クラヴィス様に婚約を申し込まれた時、どう思いましたか?」


「様々な考えが浮かぶより前です。一番始めに思い浮かんだ感情はなんですか?」




クロルの言葉がきっと全てなのだと思った。


そんな私の表情を見たクロルの表情が少しだけ柔らかくなったのが分かった。






「きっともう大丈夫ですね」






クロルの言葉に私は胸の辺りがジーンと温かくなった。


あとは、きっとクラヴィスに想いを伝えるだけだ。


クラヴィスは言葉通り、婚約を申し込まれた次の日も、その次の日も、毎日のようにクラヴィスは私に会いに来て下さった。


それでも、やっぱり上手く言葉が出てこなくて。





「マリーナ、どうしたの?」





「いえ……」





言葉に詰まる私にクラヴィスはこう仰るのだ。




「ねぇ、マリーナ。私が第二王子だと言うことを君に秘密にしていて、幻滅した?」




クラヴィスの問いに私は「そんなことは全くないですわ」と本心を答えた。


そんな私にクラヴィスは優しく笑った。





「マリーナは甘いよね」





「え……?」





「甘いのに、芯が強くて、度胸が『ある』。度胸がある『フリ』が上手いんじゃなくて、ちゃんと度胸があるんだ」






クラヴィスが私の髪に優しく触れる。






「大丈夫だよ、マリーナはちゃんと強い。度胸だってある。それに、いつだって前を向こうとしている」


「きっと強い君に私はきっと必要ないだろう。しかし、ただ……」









「ただそばにいたいだけなんだ」








ねぇ、私。


どうして貴方はクラヴィスに惹かれたの?


どんなところが好きだったの?


安心をくれるから?


いつだって守ってくれるから?


笑顔にしてくれるから?


それでも、一番は……






目に涙が溜まって、一粒こぼれた。






「私もただクラヴィスの隣にいたいだけなのです」






震えた声の告白は止まらなくて。





「クラヴィスとただ毎日話したい。笑っていたい。それ以上の理由なんてないのです」





壊れそうな声で私はただ言葉を紡いでいく。


何を迷っていたのだろう。


何を不安に思っていたのだろう。


ああ、やっと分かった。





怖かっただけだ。





王女だとか、政略結婚だとか、本当は何も関係なくて。


ただ気持ちを否定されることが怖かっただけ。


でも、もう私は勇気の出し方も、度胸の持ち方も知っている。


私はクラヴィスの手をそっと掴んだ。



「マリーナ?」



「クラヴィス、どうか私に勇気を分けて下さい」



私はそう述べて、クラヴィスの手をぎゅっと握った。


さぁ、あとはもう気持ちを口に出すだけ。






「クラヴィス、私は貴方の隣だから勇気も出せるし、度胸も持てるのです」


「だって……貴方が私の味方だと知っているから」


「クラヴィスが私の味方になってくれたように、私もクラヴィスの味方になりたい」






どうか、最後の一言まで声が震えませんように。







「愛しています」






クラヴィスは静かに私と目を合わせていた。


そして、しばらくして口を開いた。






「ねぇ、マリーナ。君が国一番の悪女でも愛しているけれど……それでも、皆に囲まれて笑っている君が大好きなんだ」


「だから、これからだってどちらでもいい」






クラヴィスの言葉の意味がよく分からない。


そんな私の不思議そうな顔を見て、クラヴィスがクスッと笑った。






「私は君が頑張りたいと思う道を応援したいだけ、ということだ」






その言葉がどれだけ愛情がこもっているかなど、考えずとも分かった。


そして、クラヴィスがそっと私の頬に触れる。






「マリーナ、愛している」






クラヴィスが優しく私に口付けた。



「ふふ、私は幸せ者ですわね」



そう言える今があまりに幸せで……だからこそこれからも頑張りたいと思えるのだ。


胸を張って、クラヴィスの隣に立てるように。


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