おばあちゃんのココア
おばあちゃんのココアはお鍋でコトコト。
それはこの世界で一番おいしいココアだった。
宮沢 萌花。12歳。
私の家はお父さんもお母さんもお仕事がいそがしくて、おばあちゃんと2人きりで過ごすことが多かった。
おばあちゃんは私のお母さんのお母さん。
お母さんのお父さんは私が生まれる前になくなっちゃったんだって。
でも、すごくやさしくてかっこいい人だったってニコニコしながらおばあちゃんは話してくれた。
「おじいちゃんのこと好き?」ってきくとおばあちゃんはいつも答えるの。
「大好きよ」
とても幸せそうに笑って。
だから、一度も会ったことはないけど、私もおじいちゃんのことが大好きになった。
まだおばあちゃんが元気だったころのお話。
寒くなるとおばあちゃんはよくココアを作ってくれた。
私が学校から帰ってくると「寒かったでしょ、ココア作ってあげようね」って言って「よっこらしょっ」って立ち上がるの。
おばあちゃんのココアはマグカップで作るんじゃないよ。お鍋で作るの。
小さいお鍋でココアの粉と牛乳を使ってコトコト。
それはね、魔法のようにおいしいの。
私はそれが大好きだった。
好きなものって知りたくなるでしょ。
だから、小学4年生の時、おばあちゃんに言ったの。
「作り方、教えて」って。
その日もおばあちゃんは「よっこらしょっ」て立ち上がって台所に向かおうとしてた。
おばあちゃんはちょっとびっくりした顔をして、それからにっこり笑った。
「いいよ。その代わり、萌花ちゃん、おばあちゃんと約束してくれる?」
そう言って、おばあちゃんはそっと私にささやいた。
私はパチリとひとつ、まばたきをした。
おばあちゃんはニコニコ笑ってた。
私は真剣な顔で「わかった」ってうなずいた。
おばあちゃんは「萌花ちゃんはいいこだね」って私の頭をなでてくれた。
お母さんとおばあちゃんはそんなに仲良しじゃなかった。
「おはよう」とか「おかえり」とかのあいさつはしてたけど、他はそんなにお話してなくて、私の方がおばあちゃんと話してた。
お母さんの口ぐせは「いそがしい」だったから。
きっとゆっくり話す時間がなかったんだと思う。
でもね、おばあちゃんの病気が見つかって、お別れの日が近付いてくるとお母さんはだんだんとおばあちゃんと話すようになったんだ。
病室のおばあちゃんのそばに座って、お母さんはよくおしゃべりしてた。
私はちょっと気をつかって2人きりにしてあげた。
私がいるとお母さんはお母さんになっちゃうから。
おばあちゃんの前では子どもでいてほしかったから。
冬。
おばあちゃんは私が中学生になる前にいなくなってしまった。
あと少し。
春まで待ってくれたら、制服姿、見せられたのにな。
自分の部屋。壁にかけられたカレンダー。丸をつけられた入学式の日を見ながら私はぼんやり考えてた。
部屋を出て和室に行くとお母さんもコタツに入ってぼんやりしてた。
大人がしなきゃいけないことが終わって、お母さんはぬけがらみたいになってしまった。
私はじっとお母さんを見ると台所に向かった。
約束を守らなきゃと思った。
「はい」
そう言ってお母さんの前にマグカップを置く。
お母さんはぼんやりしたままそれを見た。
それから手に取って、中をのぞいて、びっくりした顔をした。
「なんで?」
びっくりした顔のままお母さんは私を見た。
私は答えてあげた。
「おばあちゃんに教えてもらったの。その時にね、約束したんだよ。おばあちゃんがいなくなったらお母さんに作ってあげてねって」
マグカップの中にはおばあちゃんのココア。ほかほかと湯気をたてている。
お母さんはきゅっと唇をかむとマグカップを持って一口飲んだ。
「おいしい……」
お母さんの目からポロポロ涙がこぼれだす。
「おいしい……」
何度もそう言いながらお母さんはおばあちゃんのココアを飲む。
私も自分のマグカップを持って飲む。
おいしい。
やっぱりおばあちゃんのココアは世界で一番おいしい。
私は心の中でおばあちゃんに話しかける。
おばあちゃん、そっちの世界はどう?
大好きなおじいちゃんには会えた?
こっちはとてもさびしいよ。




