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東京妖刀奇剣伝  作者: どるき
出会った彼女に導かれ
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プロローグ

 梅雨らしい雨の気配を漂わせる曇天の6月中旬の日曜日。

 士たちの尽力でテロが未然に防がれたのに安堵する人々を横目に立ち去る老人がいた。

 SPを侍らせる彼は現職の財務大臣、四杉津郷よすぎ つごう、59歳。

 都議選の応援演説のために訪れた品川駅前で危うく暗殺されかけた直後なわけだが、周囲の心配などどこ吹く風な態度である。

 何故なら彼には失敗という経験がない。

 もうすぐ還暦という老人でありながら産まれてから一度も挫折を味わったことがないらしい。

 子供の頃から欲しいものはすべて与えられ、勉学はそつなくこなして東大にも現役合格。

 22歳での財務省入りからトントン拍子で出世し50歳で退職。

 そのまま政界入りをして10年目。

 上が居なくなれば果てには総理。

 彼はそう考えていた。

 そんな彼は順風満帆な人生に退屈すら感じて「どうしてこうなった」という経験がないからこそ「どうしてこうなる」という露悪的な話を好み、逆に王道を嘘くさいと断じて吐き捨てる。

 自分にとって不幸とは虚構であると錯覚し続けたからこその境地にある彼には胸元に刃を突き立てられるという経験は刺激的だった。

 だがあの剣士も結局は自分を貫けず、妖刀などを持ち出そうとも真の勝者を殺すのには物足りない。

 敗北を知りたいなどと増長するのもさもありなんな人生を彼は歩んでいた。


「しょせんは浪人風情。弱者の刃で儂は殺せん」


 あと一歩で失敗したあの男に吐き捨てた言葉は我ながら上出来だった。

 そんなスリルとサティスファクションの余韻に浸っていた彼の余裕はここまでとなる。


「うぐっ!」


 息が詰まる感覚。

 後頭部からガツンと叩かれたような痛みが一瞬広がるが、すぐさま痛みが引くとともに喉が詰まってうめき声すらあげられない。

 この彼の身体を蝕んだのは妖刀による不治の病。

 ヤマイダレの持つ力が引き出したのは未来の彼が患う予定だったものである。

 つまり彼が見下した男の刃は目に見えない形で届いていたわけだ。

 急性脳溢血の前では隣にいたSPが気づいたときにはもう遅い。

 そのまま彼は自分が死んだことにさえ気づかぬまま、国中を手中に納めたつもりで息を引き取る。

 これでは彼を凶賊から守るために剣をふるった士たちの戦いは無駄だったのだろうか。

 いや、それは断じて異なる。

 彼らが守ろうとしたのは無辜の市民であり、凶行によって悲しみが降り注ぐ弱者であり、この世のすべてが自分のためにあると思いこんでいる権力者ではないのだから。

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